鍼灸の実技: 第14節 鍼法の補と瀉

鍼灸の実技:序・目次


第14節 鍼法の補と瀉


鍼法には、"補"(Jonification)と"瀉"(dispersion)の手法がある。これは、おのおの"虚"(Empty.vide)と"実"(Fubl.plein)とに対応される言葉である。虚するものは補い、実するものは瀉す、というのが定法である。局所的な虚実に対する補瀉があり、又全体的な虚実に対する補瀉がある。文字のうえから"補"は与える、益す、興こす、加える、救う、ということになる。"瀉"は取る、奪う、減ずる、抑える、剋す、などということである。現代的に考えれば、"補"は"生命力の恒常性維持能力を助長する"こととなる。"瀉"は"生命力の恒常性維持能力を阻碍するものを除く"こととなる。生命の全生機を盛んにし、原気を振興し(補)病的なものを解消し、除去する(瀉)ということである。
このように、考えられている補と瀉とは、その概念からついて、虚の程度、実の程度、により差ができてくる。すなわち、刺激という概念で、その刺激量は区別ができることになる。すなわち刺激という概念で、測ればその刺減量は区別がてきることになる。したがって《臓珍要論》にあるとおり、補を緩補、留補、徐補、極補など、瀉を急瀉、暫瀉、漸瀉などという言葉であらわすようになる。
あるいは、浅撚補瀉、深撚補瀉という言葉であらわせる手技もでてくる。論ずるところ《広狭鍼灸神倶集》に『正邪相争うの時にあたって鍼肌間の中に入って宗気に触るるときは、宗気いよいよここに聚り、憤激してカを出し、これを防ぐゆえに邪気遂に敗走するなり。然らば、微鍼の功は直ちに、これが邪気駆逐して去らしむるものにあらず、宗気の激発して、針下に聚め、それが力増して、邪気を駆逐せしむれば、宗気のために、援兵加勢ともいうべきなり』とあるように、生物本来のはたらきを助長せんとする鍼の操作であると考えられる。また、昔は補する時『五常上真六甲玄霊気付至陰百邪閉理』と三辺となえて、鍼を刺すこと。瀉する時『帝扶天形護命成霊』と三辺となえて刺す定めになっていたが、これも、呪文そのものの意味よりも、体中に刺入する異物としての鍼と、生体反応の現われかたの時間的長短による作用の異る、生物の全機性を示標としていると考えることが出来る。

1.補法の手技
用鍼を温め、経絡に従って、指腹でよくなでる。穴を厭按する、爪を以って穴処を押える、気の来るを候う、経に従って、鍼を随にふせて、呼に従って刺入する、気を得るまで体中に鍼を留める、気来らざれば催気の法を行う、補し終ったら、吸に従って徐々に抜きあげる。抜除すれば直ちに鍼痕を揉み閉ずる、この際補の呪文を唱える。

2.瀉法の手技
用鍼はそのまま用いる(温めず)。経に逆らって循でる、穴を厭按し、爪をもって圧する、気の来るを候う、経に迎って鍼を伏せて吸に従って刺入す気の催おすを候う。気来らば患人をして呼さしめ、呼に従って抜く(この時咳をさせてもよい)。鍼痕を押手の拇示指て開くようにする。この間、瀉の呪文を口中で唱える。
目的とした補法、瀉法が行われたか否かは、刺鍼前の脈その他の身体的状態と、刺鍼後の状態とを比較して見る。目的どおりにゆかないときは、さらに鍼を施すのである。これは平衡のとれていない病体を平衡のとれた漢方的のいい方の"平人"にするためである。
次に一般にいわれている補瀉の種類をあげることにする。

参考 鍼の手入れ法、保存法、研鍼法、

鍼の手入れ、保存は鍼家にとって、もっとも必要なことである。鍼尖、鍼体、鍼の新旧、磨滅の程度、錆びていないか等について平素十分な検査をしておくべきである。鍼医にとっては、鍼は武士の刀剣の如きものである。鈍鍼をもっては病根を艾除することは出来ない。自由闊達に鍼が動かないばかりか、目的を阻碍し、生体反応の生起に対して、臨機応変に置することが出来ないからである。
鍼医として、自分の用うる鍼を十分に知っておくということは、当然のことでなければならない。良い鍼を持っていなければ、運手渋滞し、刺法に惑い、自在を欠く。用心すべきである。

①手入保存法
毎朝、検鍼、粒子の極めて細かいサンド・ペーパーか、鞣皮に紅がら(ラウゲ)をつけたもので鍼柄、鍼体、鍼尖をよく磨く。
鍼体、鍼尖の偏倚、磨滅がないかよく検査する。
鍼床も馬毛、髪毛が理想的である。精綿はこれに次ぐ。アルコールに漬けて置く方法もあるが、これは、使用時によく検査して使う。
油紙、銀紙に包んでおくもよい。湿気にあたらぬようにして、錆を防止する。殊に綱鍼、鉄鍼は錆び易いから金、銀鍼以上の注意が必要である。

②研鍼法
鍼を使う時に鍼を磨くようでは、泥なわである。使っても、使わなくとも、臨床家たる者は、毎日早朝検鍼して鍼尖、鍼体を吟味すべきである。
鍼尖の磨滅は拡大鏡で判る。磨滅せるものは製作所に依頼して直してもらうか、使ってはいけない。止むを得ない時は自分で尖をつける。砥石は油砥石(アルカンサス)でも、和紙でも、曇りガラス、那智黒という碁の黒石にする石質でもよい。又は粒子の極く細いサンド・べーパーを凹凸のない板にはったものでもよい。
これらの砥石を先の方を10度位高めにして机に取りつける。手許は机から、手前に出るようにすると砥ぎ易い。磨きかたは、右手の拇指と示指で鍼柄をもって、左手の示指で砥石の上に置いた鍼尖をおさえる。
準備が出来たら、右手にもった鍼柄を拇指と示指で廻転し乍ら、鍼尖を上下に砥石の上を滑動させる(和砥石に縦筋を引いて、この線に沿うて、上下運動をすると、やり易い)。この廻転運動と上下運動とは調律をもって平均に行わないといけない。砥石に当り方が、偏していれば、鍼尖が歪む。なおす所か、鍼を使えなくする。初めは誰でも失敗するが、馴れると段々よく出来るようになる。時々拡大鏡て覗いてみる。つけようと思う鍼尖の形になるように研ぐ、松葉、卵子、柳葉形とする。仕上ったら、自分自身の体に刺してみる。股、下腿、前腕、手、頬、舌等に刺して、その鍼尖の鋭鈍を検するのである。どこへ刺しても無痛に刺せるようなら良いのである。眼鏡なしの感研きである。このような鍼だと直刺、斜刺、横刺、自由自在に刺せる。鍼が手についたように刺せるものである。こうなると鍼を刺すに気がのってくる。鍼の道は昭々とひらけ、いつでも、どこでも、気軽に刺鍼出来るものである。


補瀉の名称 補の手技 瀉の手技
陰陽 陰病は補う 陽病は瀉す
呼吸 呼息に刺鍼、吸息に抜鍼する 吸息に刺鍼、呼息に抜鍼する(咳と同時に抜くがよい)
鍼尖 鍼を温めて用う 鍼を温めずに用う
提按 穴所を爪で強く押えて刺入す 穴所を圧せずして刺入す
開闔 抜鍼後鍼根を直ちに後揉する 後揉撚せず却って鍼痕部を開くようにする
迎随 経絡に従って鍼を伏せて刺す 経絡にさからって鍼を伏せて刺す
用捨 無痛に刺入す 多少痛みても刺入す
出内 徐刺、除抜、正気を集める 速刺、速抜、邪気をもらす
過、不及 病人の気根の弱きに弱く刺す 病人の気根強きに強く刺す
弾爪 穴所を爪で弾き、気血を集めて刺す 穴所を弾爪することなくして刺す
揺動 刺入せる鍼を少しく動揺する(催気するまで) 刺入せる鍼を大いに動揺し穴を大にし邪気をもらす
浅深 浅く刺す 深く刺す
太細 細い鍼を用う 太い鍼を用う
寒熱    
虚実 麻痺、痒は虚なり、圧いて気分よきは虚なり、これ等に用う 痛、腫は実なり、圧いて痛むは実なり、これ等に用う
子母方円 虚せる経の母を補う、円は移なり、宜なり、補気となる 実する経の子を瀉す、方は迎なり、盛気を瀉す


前のページ

次のページ