鍼灸の実技:第13節 九鍼の刺法

鍼灸の実技:序・目次

第13節 九鍼の刺法


 九鍼は古来鍼医の実際臨床に使用せし法であって、その起りは古い。しかもこれは、臨床上の必要によって自然発生的に発見せられたものである。 これらの鍼のうち、現行法規で使用出来ないものは、"ヒ(金+非)鍼"鑱鍼"の
外科医の使うメス様の鍼くらいであって、他の針は今でも臨床に使用して、施術の効果を奏している。著者(柳谷)はこの九鍼をその用法から3種に区別している。
 第1類 刺入せぬ鍼、円鍼、鍉鍼
 第2類 皮膚を破る鍼、ヒ(金+非)鍼、鋒鍼、鑱鍼
 第3類 深部に刺入する鍼、大鍼、長鍼、員利鍼、毫鍼
 このように、一応類別出来ると思うが、もともと鍼は皮膚、皮下に機械的刺激を与えるものであるから、以上の3種別は厳格に行われないこともある。例えば、皮膚を破る目的を持っている鑱鍼が、現行、関西方面で"小児鍼"として、"カキ鍼"と称して使用されているようなものである。


1.円鍼(員鍼)


1)鍼形
 霊枢*、九鍼十二原に《員鍼は長さ一寸六分、鍼、卵形の如く、分間を楷摩し、肌肉を傷つけず、分気を写す》とある。
 現今われわれの使う円鍼の形態は金属の円筒の一端に擬珠がつき、その尖端が少しく鋭利になっているものである。

2)実技
 円鍼実技の方法には、①補的運用と②瀉的運用とがあるが、多くの場合は擬珠の尖端で接触的刺激を与えるのが普通である。時として、基底部で押え、なでる、又は側壁でなでるなどする。

①補的運用法
10分間に30回位の速度で、余り強くなく、皮膚に衝突的刺激を与えるか、基底又は側壁でなでるのである。

②瀉的運用法
10分間に60回位の速度で、やや強めに、皮膚が白い痕をのこす程度の刺散で、衝突的接触刺激を与えるのである。時として、小児鍼の一法の如く、引っかく場合もある。

③応用
 補的又は瀉的方法は多くの場合、肌肉分間の気の滞りを除くに用いる。従って、多く標治法(一言ていえば対症的)に用いられることが多い。抜鍼困難時に副刺激法として、抜鍼後の遺感覚消散を目的にまた、神経痛、急性ロイマチス、痙攣、麻痺、シビレ感、痒み、その他の異常感覚の時、病人の訴える部分に行うのである。

2.鍉鍼


1)鍼形
 鍼の形態について、古典ののべるところでは、2つの形がある。《類経図翼》では、鍼柄と鍼体が同じ材質からなり、鍼柄に鍼体が附着する部分から、スリオロシの状の如く、研磨し鍼尖がつけられている。《古今医統》の図解ではその形態毫鍼の如く、鍼尖に露滴の状のものが附着している。この形に製造したのが、井上恵理氏の『昭和銀鍼』である。「鍼師」(鍼を製造する者を鍼師、鍼を以って疾病を治療する者を鍼医と昔は称した。今の法律による鍼師という意味ではない)所伝の鍉鍼は《類経図翼》の図にあるように鍼尖がついている。香港、台湾、フランスで見た鍉鍼も鍼尖がついている。
 《霊枢、九鍼十二原》には『鍉鍼は法を黍粟の鋭なるにとる。長さ3寸半、脈を按し、気を取り、邪を出さしむるを主る』と記されている。同じく《霊枢官鍼篇》には、『病脈にありて、気少なければ、まさにこれを補うべし、鍉鍼をもって、井栄分輸(穴)に之を取る』と記載してある。《霊枢九鍼篇》には『其身(鍼体)を大にし、其の末を員くす』とする。《古今医統》には『脈気虚少なるものは宜しく鍉鍼にすべし』と記しである。これらによって、鍉鍼に"刺す鍼法"と"刺さない鍼法"とがあるということがわかる。"鍼法"にしても"刺さない鍼法"(皮膚、皮下を員めた鍼尖で圧迫する)にしても、脈気の虚少を目的とするのである。

2)実技
 "刺さない鍉鍼"の実技は初め穴処に爪をたて、これに沿うて鍉鍼を立て爪で挿えながら鍼尖を軽度に挿え、漸次強めてゆくのである。これを"爪法"ともいう。即ち、軽気の循行が目標である、多く鍼の響、又は有感的感覚として被術者に感ぜられる。"刺す鍼法"にしでも同じである。脈気の虚少に刺して、邪気をして独り出さしめるにある。正気を漏してはならぬ。

3)応用
 大体古法でいう虚に用うるのである。従って、麻痺、痒癢、貧血、厥冷に主用するが、神経痛、痙攣、異和感覚に用うることもある。従って、"刺さない鍼法"の"鍉鍼"が便利である。フランスにもこれに類した鍼がある。
 処が、徳川時代の鍼師の所伝にかかる鍉鍼は、"刺す鍼法"として使われる鍼形であるが、これは、中国、朝鮮にも用いられた皮内に刺入するのである。その刺しようは爪法でも、撚鍼法でもよいが、気血を破り、正気を漏さぬようにすべきである。刺入の度は、実際には3~4分位刺入することである。多くは留置鍼にする。殊に、小児の病によく用いて効果がある。

3.ヒ(金+非)鍼(鈹鍼)


1)鍼形
 霊枢、九鍼十二原に『長さ4寸、広さ2分半、法を劔鋒に取る』とある。今日の外科医の使用するメスのようなものである。
 不動明王の剣の如く、柄の付いているものもある、《古今医統》。柄がなく、鍼柄と称すべきところから、鋒の4~5分上まて2分半の巾で、剣先になっているものもある《類経図翼》。どちらにしても、鍼尖がメスのごとく鋭利になって、切開に都合よくできている。

2)実技
 その使い方は全く、外科医のメスの使用方法と同じである。ただし、切るというよりも突くというふうに行われたようである。
 関西方面では、この小形のものを小児鍼として使っている臨床家がある。これには他の刃ばりと称する小児鍼と同じように、皮膚をほんの血の滲む位の程度に最も浅く切るものと、刃先ぎを横にして、引っかくものとがある。運用は前者は瀉法的であり、後者は補法的である。

3)応用
霊枢九鍼十二原に『陰と陽と別れ、寒と熱と争い、両気相博って、合して癰膿をなす。故にこれを治するにヒ(鈹)鍼を以ってす』とあるように、大膿を取り、癰膿を破りて、膿血を排出するに用いたものである。また、時には瀉血に用いた。《霊枢・終始篇》に『重舌は舌柱を刺す、鈹鍼を以ってす』とある。《刺絡血正誤》には『疥癬、臁瘡等の諸種瘡毒の皮膚にある者は、其の発し、癢きところに乗じて、鈹鍼を以って軽く、瘡の上を抓きて縦横に血を出して、膏薬を付ける。かくの如くすること数回瘳るを以って止む。癢は陽なり、浅く之を刺すとはこれなり、又結甚だしく壅り集って堅き者は深く、刺して之を取る時は形をなさずして癒るなり。若し、すでに膿に化せは、甚だよく熟するを視て之を取るべし』とのべている。
 以上をもってみるに、外科刀の如く、切開するのではなく、刺すのであるが、その形態、用途は、現行法規の禁ずる心外科刀に類するから、現代では殆ど使用されていない実状である。


4.鑱鍼


1)鍼形
 霊枢九鍼篇に『法を巾鍼にとる。末を去ること半寸、率かに之を鋭ならしむ。長さ一寸六分、其の頭を大にす』とある。この鍼の構造も《古今医統》と《類経図翼》とでは異った形になっている。《類経図翼》の形は、丁度、婦人の和裁に使う筋立てヘラのような形態で、把握する部が、肉厚くなって、且つ、円めになっている。《古今医統》の図解では、両刃小刃の如くなっている。徳川時代の医師より伝わるものは、《類経図翼》の図解のように裁縫のへラのような形をしている。関西などで、ウサギ鍼と称し、小児針として用いている形も、また、ヘラのような形をしている。

2)実技
 この鍼は深刺には用いない。《霊枢九鍼篇》にも『熱の頭身にあるを主る。深く入ることなからしめて、陽気を去り瀉す』とあるように、浅刺に用いたものである。

3)応用
 すでに述べたように、浅刺して、皮部の邪気を去り、瀉の目的に用いたものである。《霊枢、官銀篇》に『病い皮膚にあって、常の処に無きものは、取るに鑱鍼を病所に以ってす。ただし膚の白きを取ること勿れ』とある。従って、主たる応用は主に瀉法であった。
 ところが、鑱鍼を小児鍼として、用いている方法をみると、その使い方は2類に区別出来る。

A 第1類、瀉的応用
 この方法は、鑱鍼本来の使用法のように皮膚を浅く刃で切るようになでる。表皮に筋を立てる位の程度にする。従って、白線が出来る位である。時として血が滲むこともあるが、これは過ぎたのである。或は、刃の先端で皮膚に軽く且つ、敏
速に、衝突様の継続的刺激を強めに与えるのである。この方法は、小児夜泣、夜驚症、神経異常亢奮、頭痛、歯痛、上衝、赤眼、或は肩癖、欝滞、充血、炎症の初期、神経痛などに応用する。

B 第2類、補的応用
 この方法は、鑱鍼の鍼柄と称すべき円めの部分、又は刃を立てにせず、横にして、皮膚を摩擦する方法である。この方法は虚弱体質、小児消化不良、小児疳虫、小児神経衰弱、異嗜症、発育不良、不眠症等に応角する。


5.鋒針(三稜鍼)


1)鍼形
 霊枢、九鍼十二原に『鋒鍼は長さ1寸6分、三隅を刃とす』、《九鍼論》に『鋒鍼は法を絮鍼に取る、共の身を筩にし、其の末を鋒にす』とある。つまり、今の三稜鍼のことをいう。瀉法又は、瀉血に都合のよいように造られている。昔から正確に三稜に刃をつけたものと、扁平三稜、即ち、一ロが広く、他の二面は等しく、狭くなっているのとがある。日本の医師用うる瀉血鍼は扁平のものが多いがフランスの三稜鍼は正三稜形である。バネ仕掛けになっている自働三稜鍼も正三稜形のものが多い。けれども、実際臨床上鍼を扱うには扁平三稜鍼で、尖端があまり、鋭利でない方が痛みも少なく、創ロも深くならず、且つ、手技の仕方で、鍼口を大きくも、小さくも、浅くも、深くも出来る便利がある。ことに初学の者には適しているようである。

2)実技
 三稜鍼を行う場合の鍼の持ち方、手指の捌きかたにはおおよそ次のようにする。
 三稜鍼の持ち方
 鍼を刺手の中指と示指及び拇指で撮む。鍼はその鍼尖を中指頭に当て、鍼柄部を示指の中節腹上に当るようにし、拇指腹で、鍼体を押える。拇指腹は中指と示指との間に位置するようになる。深く入れようとするならば、中指頭のところにある鍼尖を出し、浅くしようとするなら、引っ込めることである。創口を小さくしようとするなら刃の二等辺の稜を中指頭に接し、大きくしようとするなら、三稜鍼の最も広い面が中指頭腹にあるように構える。更に大きく、鍼口をつけようとするなら、広い刃の面と狭い刃の面との境の稜が中指頭に位置するように中、示、拇指三指で撮み固定するのである。鍼がぐらつかぬよう、すっかり撮むのである。
 皮膚を傷つけ、(瀉法、瀉気)、又は瀉血する場合は必ず、鍼尖を皮膚に、よくやるように、垂直に、いきなり衝突的に刺し込むのてはない。いずれの場合も、中指頭を皮膚上に敏速腱間的に廻転させるか、瞬間的に廻転擦過させるかするのである。後者は、く跳鍼之法》ということがある。前者の方法が普通用いられる。

A 瀉法の仕方
 これは、血をもらす目的でなく、いわゆる気をもらすために行うことである。要は鍼尖を真皮、血管の所在まで達しめず、皮膚に刺す手技である。三稜鍼の把持の仕方は上記いずれの場合の形でもよい。血を惨ませぬように手早く施すのである。勿論、刺鍼後は後揉撚を行わないのである。

B 瀉血の仕方
 まず、瀉血をしようとする部より、少しく心臓部によったところを木綿、ゴム等で緊縛する。これらの緊縛に用いる物は上肢、下技、頭部(首をしめつける)。陰茎(根部をしめつける)などによって、太さを異にするのは、いうまでもない。が、用いてはならぬのは縄、紐の類である。最もいいのは木綿である。これらは緊縛に都合よく、危険を防止できるからである。このようなことをするのは要するに、刺鍼の目的を効果的にしようとするにほかならない。被術者の姿勢は、瀉血しようとする場所によって異なる。直立のこともあれば、座位、伏臥位、仰臥位、側臥位をとらせることなどがある。 一応準備が出来たら、目的によって、撮みようを決める。三稜鍼を把持固定する。次に被術者のロに冷水を含ませて置く。予め力を入れさすよういいおく。緊縛された部分は緊張して来る(躯幹などは、左手で、刺点に血を寄せるようにする)。そこで刺点に向って、三稜鍼を持った刺手を敏速に、瞬間的廻転刺を行うのである。この手技はほんの一瞬でなければ、被術者は疼痛を感ずるものである。終って、被術者にロ中に含ませた水を飲ませる。力を抜かせる。緊縛物をゆるめ除く、血流紫黒色なるのが紅色となるまで放血するのである。時として、角法又は玉法といって、吸玉、吸角を用いることがあるが、血の出ないのに無理に出そうと試みてはならぬ。加勢の意味で用うべきである。また血が出ないからといって、更にこれに刺してはならない。このことは固くいましめなければならない。敢えて行うことは失敗を招くもとである。施術の前後は充分に消毒すべきはいうまでもない。

C 小児鍼として使う場合
 三稜鍼を小児鍼として用うることがある。関西方面では、これをカキ鍼又は刃鍼と称している。その尖端で皮膚を接触的に刺激したり、皮上を弾くようにするのである。血の惨む程に行うのが瀉法に、そうではないものを補法という。

3)応用
 古典では痼疾を発し、熱を写し、経絡痼痺、出血、癰熱を主るとしてある。《鍼道発微》には、『三稜鍼は血絡とで、悪血とどこおり、痛み、或は痒れをなす。是を刺してその血を出す。其の病たちまち癒ゆ。また、いずれの処にでも血毒あつまり、すじの如きものあらば、是を刺して、その血をもらす、其の効あること、まことにすみやかなり。血絡は一身上下左右定まる処なし。胸腹より発し、四股に出で、指の端に散ず、人々異ることあり、道路同じからず、よくよく盛んにして、堅く張りて濁り、クリクリとして結ある者を見てこれを刺す。太くして弓弦を押すごときは濁血とし、軟かにして葱を押すごときは精血なり。凡そ壮人の血を取るは1合にして率とす。但し、結の甚だしき者は其の法に止らず4、5合を取るも亦妨げなし、衃血を尽して止む。刺絡は病人の意を安んじて後刺すべし。心のうちに少しでも疑と惑ある者は、刺すべからず。刺絡の禁、形盛んなりといえども、脱症は刺さず。外微熱ある者は刺さず。気逆上衝心するものは刺さず。諸亡血脱家は刺さず、水気あり眩暈するものは刺さず、刺して血出でざるものは更に之を刺すこと勿れ。脱証の者は、眩暈の状をあらわし、必ず気を失うべし、誤って脱気する時は胃悶す、又刺して血出で難き者ありて腫れて核の如きもの起る。これを強いて刺すときは煩悶す、刺を止む
べし、諸病結内にあるものは刺さず、然れども刺す証を出す時は亡血或は脱家或は熱ありと雖も恐るること勿れ、これを恐れて刺さざる時は病勢益々甚だしくなるなり。若し謀って動脈の上を刺せば血出てて止まず、甚だしき時は絶命す』とのべている。
 《方輿輗》に『凡そ痧に青筋、紫筋あり、或は数力所に現われ、或は一カ所に現わる。必ず須く鍼を用いて之を刺し、先ずその毒血を去るべし。
然る後に痧によって薬を用うべし』と記載しており、間中喜雄博士は『痧病は毒血を去るによって治す。痧病は瀉血の効を奏する症候群である。出血は滞を減じ、脾の作用を刺激し、新血を作らしめ、局所的淋巴組織液の溜滞を通ずるのみならず刺激によって皮膚内臓反射を喚起し、転調、消炎、鎮痛、賦活の作用を及ぼすとのべている。
 なお刺絡に関しては、丸山昌郎、工藤訓正の両医学士により好著『刺絡治療法』なる専門書にゆずることとする。

 次にその用例についてのべることとする。
①腫物
 すべて腫物には委中、尺沢より血をとるべし。或いは百会より血を出すべし。又コリある処をみて、員利鍼にて多く刺して其の気をもらせば、自然と癒るなり(鍼道発微)。
②淋病
 委中、足の指の間を刺して血を出すべし(鍼道発微)。
③青筋(はやうちかた)
 にわかに悪血せめのぼりて、一時の中に死するなり。先ず三稜鍼にて、百会、印堂、項の左右天柱、風池、又肩背のうえを穴所にかかわらず、さして血をもらすべし。又員利鍼にて手足に引くべし、徹腹、章門、気海を刺すべし(鍼道発微)。
④痘疹(ほうそう、はしか)
 ほうそう、はしか、ともに、ここかしこに少しずつ出たる時に悪血を出すべし。三稜鍼にて委中を刺すべし、この仕法荒きようなれども、ほうそう、はしか共に出かねたるに、甚だ妙なり。また百会に軽く刺して血を散らすもよろし(鍼道発微)。
⑤脚気
 血絡あらば三稜針にて血を出すべし。
⑥木舌
 舌柱の絡(即ち、金津玉液をいう)を刺して血を出すを法とす。
⑦眼病
 眼の辺りを見るに血なければ大椎の辺を見、血凝あれば之を刺し多く癒ゆ、《鍼道発微》又、《儒門事親》に『女子眼病久しく癒えざるもの、細紫筋項背より繞りて背に流連す。即ち、膏肓の辺にて筋の原とおぼしき処に針を刺すこと2、3本にして、歳余の眼疾頓に治たり』とある。
⑧小児原因不明の発熱
 爪端穴及び手足指趾の岐れ目より、発泄瀉血すれば著効あり(経験方)。

4)主なる瀉穴と其の効用
 又、穴所より瀉血することにより、おのおの効あることをのべている。
①尺沢穴
 尺沢の瀉血の準備は一般的瀉血の心得と、被術者の姿勢、心得をさせる。但し、被術者は坐位、手に力を入れさせる為に、丸竹(洗濯竹)程の太さのものを、力をこめて握らせる。術者は絡結の処をよく摩す。摩すれば結の部を知ることができる。これを目標に刺鍼する。血を止めんとする時滞①被術者の握れる力を抜かせる。②括った緊縛をゆるめる、と血流が遅くなる。もっと出血さそうとせば、前にも倍して被術者をして、力を入れて丸竹を握らせるのである。
 主治 頭痛衝くが如くして連日治せず(但し、滞血の証あるもの)、甚だしけば目くらみ、歯痛甚だしく、歯の根の筋、肩に連りて痛むものによい。或は上肢痛み重く、挙らざるによく、又は痺れて伸びず、或は肩背疼痛して、薬剤の効なきものに試む。絡脈張らずといえども刺して可なり。
壮年にして、咳血、吐血止まざるもの、上盛にしてロ甘きものは刺すべし。頭面に瘡を生じて、長年治せざるものによし、結毒の状をなし、外寒熱なく、薬剤にて之を発散せず、之を下して益なきものに刺して効あり、卒病気喘満して惛して人事を知らず、瘈聚して、振し歯をならす者を刺すべし。河豚の中毒に中り、惛昧して、薬を与え得ざるものに刺すべし、瘰癧、癭瘤形を成して未だ潰れざるによし。耳聾は血実にあらざれば通せず、盲目は痛み甚だしきにあらざれば明らかならず。並びに刺すことなかれと《刺血絡正誤》《医事啓源》などに記している。
②手背刺浅
 手背の絡を刺す、刺法は尺沢穴の場合と同じ。
 主治 眼目赤腫痛、牙歯疼痛、諸癇症、喜悲常なき者、或は婦人妊娠にて悪阻する者によし。
③膕中刺法
 膕中を刺すには患人をして、直立せしめ両脚を伸し、力を入れさせると、其の血結あるを視て、膝の上下を緊縛し、血結の脈をいよいよ怒張せしめて刺鍼す。但し、腨(腓腹筋)の円踝の上は坐りて、脚を伸して、刺すようにする。この部は大絡の通るところであり、血液渋滞し、塞ぎ易く、病結をなしやすいからである。これを刺して解結し、渋血を去るべし。但し、趹上(足背)の動脈は、むやみに刺してはならぬ。血出でざれば腫をなす憂あり。
 主治 腰股引いて痛み軽く拳らず。或は攣急して、歩行なり難く、或は痘瘡熱毒甚だしきものは見点の間に至って膕中を刺す。婦人月足らずの産をなし、経時腫痛し、或は足心(足蹠)煩熱する者、或は卒暴の諸蕨及び中暑とて、ロ禁して人事を弁ぜざるもの、又は臁瘡梅瘡血一カ所に結し集り、或は頑瘡癢痛するもの、其処に従え之を刺す。
④少陽刺法
 糸を以って示指の根元を緊縛する(糸より紐、紐より布片がよい)。示指末端に血を集めるようにし、之に三稜鍼をもって刺鍼する。この部は肌肉浅膚であるから、あらかじめ浅刺を目標に鍼尖をあまり、出し過ぎないように、せねばならぬ。
 主治 喉痺(現今の扁桃腺炎)等諸治験を得ざる者、或は頭面に乳頭の如き腫物が出るもの、或は驚癇卒倒し昏して、人を知らざるに用う。
⑤大敦刺法
 大敦穴瀉血の仕法は少陽穴と同じである。
 主治 疝気、脚気にて腹卒痛す、汗出で発作ある時、睾丸太となり、疼痛し発熱する者、或いは雀目、日哺後に矇する者、或は疳瘡痛の甚だしき者によし。
⑥額刺法
 額上の血絡は正額にあらわる。其の支別は項後に分れ、又目の両角に出るなりとす。これを刺すには、助手をして手拭いの如き縛綿をもって病人の首を纏いさせ、病人をして手を組ませ、安静にして、心気を静ませる。術者は施術の用意をしたならば、助手に1、2、3の号令とともに病人の首を緊縛せしめ、病人には吸息をなさしめて、息をつめさすべく予め三者打合せておく、号令をかけ、絡脈怒張せば術者は刺点に対し、瞬間的廻転的刺法を手早く行って、助手の手拭をゆるめ、除去する。刺し方手順よく、助手と病人と気合を合せなければ、病人をして窒息悶倒させることがあるから注意を要する。
 主治 頭脳重くして痛み、大熱譫語し、或は煩悶してその状癇症の発作の如く、或は怒り、或は喜び、其の情定まらざるに用う。或は赤眼疼痛し両角重く痛むものにはその両角の絡を取り、偏側痛む者はその偏側ある血絡を取る。又眼の内の角を循る絡あり、これは微しく刺絡すべし。血実し、絡起るものにあらざれば刺すことなかれ、(経の留脈これなり)眼赤く熱あり、大痛し、怒肉晴にせまり、まばゆくして仰ぎ視ることあたわざる者を主る。爛瞼者は抓鍼の法(瞼の裏面を刺すことである)を以って瞼の内側を刺すべし。
⑦鼻中刺法
 三稜鍼を以って鼻中に入ること1寸5分許りにて、弾いて血を出す。但し、脱家(虚証、貧血家)に血を見せるなかれ、眩暈するという。
 主治 赤眼額に連りて腫痛くて止まず、或は脳に連って苦痛する者を主
る。
⑧舌下刺法
 舌下の左右に柱あり(金津玉液)、これを挟む絡に結絡あればこれを刺すぺし、其の絡必ず盛んなり。舌を屈してこれを取る。刺法軽く、これを微しく刺すべし、血若し止まらざれば口に酢を含みて頻りに嗽すれば止まるなりとのべている。
 主治 咽頭腫痛、舌瘡、木舌、言語正しからざる者、又率かに死して九候(脈の)絶すと雖も天枢(臍部)に動あるものは舌心を刺すべし、間々蘇生するものなりとのべている。
⑨陰茎刺浅
 紐をもって(余りに細き糸は結び目解け難きを以って用いず)陰茎の根部を緊縛し、暫く置く時は絡脈怒張するものである。その絡脈怒起するものを刺す。
 主治 疳瘡腫痛くて忍びがたきもの、陰茎故なくして張り、大いに腫れるものに用う。
⑩歯鞭刺法
 歯根ならびに歯の腫瘡する所を見て、軽く歯齦の際を刺し破りて、悪血を出す、甚だしきは鶏の胆の如き黒血出るものなり。
 主治 瘀血結して、歯齦腫痛し、悪臭を発し、或は牙歯痛、牙歯浮き動き、或は歯瘡、虫喰歯の大痛によし。

 以上は《刺血絡正誤》、《医事啓源》の所伝であり、著者(柳谷)の経験せしものでもある。
 《方輿輗》『放痧有十』に"痧病"即ち瀉血を要する症候群に『頭頂
心、百会穴、印堂穴、両太陽穴、喉中両方、舌下両方、両手十指頭、両臂湾(尺沢)、両足十指頭、両膝湾(膕中)』より瀉血することが記されている。

参考


1.玉法(吸玉、吸角法)
 結を角にて之を取るには、鈹鍼(ヒ鍼)、三稜鍼を選び、患処を刺すぺし、破りて綿花若しくは樟脳を取りて、之を吸玉の内に入れ、火を放ちて急に刺したる上に合すれば、火気血を吸い上ぐ。血止まるを窺い、其の傍らを按じ、奪って之を脱す、又毒結皮裏にあって表外にあらわれず、隠れて害をなすものは、初より鍼を用いず。先ず患所に吸玉をかければ、毒結の潜む所、必ず表に浮んで表わる。その所在を視て、これを刺してのち、また吸玉をかける時は血の結去りやすし、かつ徒らに傷の失なきなり。血結襄し肌膚に紫の紋ありて、動作便ならざるものは、それに従ってこれを取る。と昔の書物に書いてある。
 この方法は日本ばかりでなく、中国、サイゴン、フランスでも行われている。サイゴンては"竹の吸角"を使っている。中国では《火管、打火管》と称している。フランスでは硝子製のもので、これは日本と同じである。また、減圧、出来るような装置をもった吸角器が、様々考案されて市場に出ている。

2.蜞鍼
 蜞鍼とは、蛭をつけて悪血を吸わせることをいう。その傷口に吸玉をつけて、瀉血と同じ効果を期待する方法である。肩癖、眼疾、痔核、欝滞に用いられる(『蜞鍼治要』による)。
 また、丹波雅忠の《医略抄》にも『水蛭にて、癌腫の毒を啗ますむ』の記載がある。
 古くから行われたものであり、現今でも地方に広く行われている方法である。

6.大鍼


1.鍼形
 大鍼とは大きい鍼、太い鍼ということである。《霊枢、九鍼十二原》に『大鍼は長き4寸、尖を挺の如くし、其の鋒は微しく員なり』と記載されている。《古今医統》には『火鍼、燔鍼』と述べている。
 現代では材質は銀又は鉄で製作される。その太さは、丁度、つま揚子か、マッチ位の太さ、釘の2寸5分位の太さのものが普通使用されている。中国、朝鮮では多く銀鍼で製作されている。日本では鉄鍼が多い、フランスやドイツでは細手の短い大鍼を使うのが、普通である。
 鍼尖は中国、朝鮮のものはスリオロシ形であるが、日本のものは、ややノゲ形に出来ている。鍼柄も多少異る。中国のものは二条の細線で、鍼体の柄の部分を巻きつけ、丁度、巻軸のようにハンダ附けしてある。日本や朝鮮のものは鍼体と同質のものであるが、これに、扱い易くするために、彫刻がしてあるのを用いる。フランスやドイツで製作されているものも、中国流の鍼柄が多いが、今は日本の毫鍼のように、柄となるべき細管からできているのも見られるようになった。これは一般的にいえることであるが、どの種類の鍼にしても、鍼尖と鍼休の弾性と鍼柄とは、その鍼の扱い方、目的によって、最も、都合のよいように製作されてあるものであって、従って、東洋の大鍼の鍼柄の長さが、フランスやドイツのそれよりも長く、鍼尖がよくみがかれているわけである。これは、手技上当然のことである。
 また、用途によって、普通の大鍼と、いわゆる"火鍼"といわれるものの区別がある。普通の大鍼は焼かぬから、柄をハンダ附けにしても、差し支えないが、燔鍼といわれる大鍼はハンダ附けにできないからである。

2.実技
 大鍼の刺法は、先ず、大鍼を体温にまで温めて行うということが大切である。このためには湯の中に人れてもよし、鞣皮で摩擦して温めても良い。そして、体温位の温度より、さめないうちに刺すようにする。押手の構えだが、爪法て行う。即ち、刺点に押手の拇指頭の爪をたてに置き、示指で拇指の力を助勢してもよく、他の三指と共に、固定圧に加えてもよい。鍼は立てた爪に沿うて鍼尖が皮膚に接触するか、せぬかの程度に構える。次に、病人をして、静かに呼吸させる。これを繰り返えさせる術者も調息静志、病人の呼吸をはかって構える。まさに、刺さんとする時押手の拇指をぐっと下圧する。刺手は同時にこれに従う。従って、鍼尖は爪と共に下圧されることとなる。この時爪より鍼尖がほんの僅かでも先に出るようでは、病人は痛みを感ずるものである。
 刺手、押手同時に下圧する瞬間、直ちに、刺手をあげる。この時、刺手はそのままの位置におく、つまり、押手が上り、刺手が下底のままの位置にあるので、刺点の皮肉はその弾力によって、上にあがってくる。即ち、皮肉が大鍼の鍼尖を向え、皮肉の方から、鍼尖にささってくるのである。
このような運手を瞬間的に3~5回位行うのである。浅く刺入しようと思うならば弱く下圧し、深く刺入しようと思うならば強く下圧するのである。刺すのてはなく、刺させる気持て行うことがコツである。
 よく練習が出来ていれば、無痛で刺入できるのである。フランスや、ドイツ流の鍼の刺し方もこのように行うのである。また、打鍼流にこの大鍼を槌で叩き込む方法も時に用いられる。
 大鍼を火で焼いて使用する。いわゆる、火鍼は特殊のもので現今殆ど用いるものがないし、またむやみに行うことは危険であるが、昔はよく使われたものであることは文献をみればわかる。

3.応用
 大鍼の応用については、"霊枢、九鍼十二原"に『機関の水を瀉す』《霊枢、官鍼編》に『水腫を病みて、関節を通ずること能わざるものは、取るに大鍼を以ってす』とある通り、水症時の水腫ことに、腔水症に用いたもののようである。
 その後、細めの大鍼は中国、朝鮮、ヨ一ロッパの鍼医が、しきりに、用いた。東洋では朝鮮の《臓珍要編》や、日本水府の《西村流伝書》の四肢要六鍼法(これにより獅子流と称した)。フランスの"huit Points cles"(鍵の穴)などの応用にはこの大鍼が、殆ど、万病に用いられた。中国、朝鮮、日本は経文にあるような長さ、即ち、長さ、4寸のものである。フランス、ドイツのものは全長5分~7分位のものが最も多く使用されている。
 この長短の別は、手技の如何によって、こうなったものてあって、東洋では刺入、刺入後に鍼を操作するため、長いのが便利であり、フランス、ドイツは留置鍼として使うため鍼柄も鍼体も短いのが便利であるからによる。


参考


1.火鍼
 火鍼とは、焼き鍼ということである。焠鍼、燔鍼、煨鍼、刧鍼、焼鍼などともいう。"鍼灸聚英"による焼き方は『麻油をもって盞を満し、燈草を多くして之を撚し、烈火をあつめ、鍼を焼く。焼いて、ことごとく紅くす。紅からざるものは反って、人を損じ、病を去ること能わざるなり。焼く時は鍼頭よりして、下に垂らしむ』とある。著者(柳谷)は30年ばかり前、この技術を行う鍼灸臨床家の実技を実際に見たことがあるが、大鍼が全部灼熱し、鍼の表面より、粉が落ちるまで、焼かなければ、大害を及ぼすと語っていたことを今でも記憶している。
 真紅に焼けた鍼の柄を布で巻き、そのさめないうちに、定めたる刺点に刺入するのであるが、この時術者は端正沈着に意を決して差誤することなく一定の目標まで刺入するのである。一定の目標とは、浅くともいけない。深ければ猶いけない。そればかりか、害を及ぼすものである。病処に適中せねばならぬ。"鍼灸聚英"には風虚、腫毒、解肌、桃毒に用うと記載している。また、癱瘈、緊堅、結留、寒核、奔豚、風湿寒の邪経絡に中れるものに対し、其の邪を外発せしむるに用いた。"和漢三才図会"には『焼て腐肉に点ず、灸に代える。瘡の色正紅なるものは用いず』とある。著者(柳谷)の見たのは癰毒発背の化脳部、癥塊久積の病人に対して行っていたのであった。いずれの場合も、病巣部以外に達するように刺入してはならない。

2.温針
 温針は"鍼灸聚英"によれば楚人の法であるという。『穴に針を刺し、艾をもって、針上を覆い、之を蒸温す』というのである。この際、香白芷をもって円餅をつくり、これを柄頭につけ、その上に艾をもって熱するともあるが、いま世に行われている"灸頭針"というものは、この温針ということが出来る。
 灸頭針は普通の毫針の形をしているが、鍼柄が特別に製造されている。即ち、鍼柄が二層になり、下層で鍼体を噛みつけ、表層の金属板でその表面を包んでいるのである。これは、普通の毫鍼では鍼柄となるべき細管内に鍼の鍼根(鍼脚ともいう)を挿入し、ハンダづけにするのであるが、これでは、鍼柄を焼くので、ハンダが溶け落ちたり、鍼柄が焼け落ちて、用に立たないからである。古典では『通気主補』とある、実際、臨床で用うるは3~4番針の寸3~寸6が、最も、便利であり、その応用も、腰部、腹部、四肢等広く用いられる。腹部疾患、腰腹部などの冷症に腰部の腎兪穴、志室穴に温針すれば、腹部まで温暖となり、腰部以下の冷感も軽減することがある。骨盤内臓器の疾患によく用いる。


7.長鍼(古今医統の跳鍼)


1.鍼形
 霊枢、九鍼十二原に『長針は長さ7寸、鋒利くして、身薄し』とある。長鍼は長い鍼ということであるが、長さのきめは7寸というのが法である。現今長鍼を使うものは大抵3~5寸位のものである。そして、これくらいの長さで、大抵、間に合うものである。
 押刺法を主張した"鍼術秘要"の著者、坂井梅軒は、経絡を斜鍼する関係上、長鍼を使った。近くは大久保適斉氏が、5寸位迄の長鍼を使った。これは、深部の交感神経、内臓を目標に刺入したからであり、その流れを汲む大久保流の人々は、大抵、長鍼の使い手であった。
 ただここで古典にある『鋒利身薄』という文字であるが、これは扁平の鍼ということである。徳川時代の鍼師所蔵、実物見本は矢張り、扁平に鍼体ができていた。しかし、今は丸いのを使うのが普通である。
 元来、長い鍼であるから、勿論、無管鍼刺入法で刺入する。従って、鍼尖が余程鋭利にされる必要がある。松葉よりも、もっととんがっている方がよい。"柳葉形"が適当である。刺法も押入法が古典的鍼形のものには適することになる。

2.実技
 まず穴処を定め、被術者をして、極めて楽な姿勢を取らせ、安静呼吸をさせ、身体の何処にも力を入れさせないようにし、且つ、術者は被術者の上肢、下肢の抵抗を検する。
 力が入っているような所に対しては、被術者に注意して力を抜かせる。
 次に術者は、刺鍼の、心得に従って、気海丹田に力を入れ、気構え、体つくりをし、姿勢を正す。しかる後、穴所を爪し、いわゆる、気の動きをうかがう。被術者の呼吸をうかがい、補瀉に従って、蚊虻の如く押入する(扁平の鍼の場合)か撚鍼の法で穿皮する。この際、鍼が、4~5寸なら、鍼柄を撮んで、刺入することが出来る。5寸以上になれば、鍼体を撮んで穿皮してよい。又押手を刺手に従わせて、運動し乍ら刺入することもある。昔はこれを息づくといったものである。坂井梅軒のような押刺法で刺入する時は、皮膚を撮み上げて穿皮するか、鍼尖を圧えつけて穿皮するかである。一定の目的まで刺入せし後、被術者をして、自働的に運動させるか、術者が他動的に運動させる場合がある。
 長鍼は、大抵、銀鍼か鉄鍼で、斜鍼か横鍼に刺入するのが常である。

3.応用
①腸疝痛、下痢
 腸疝痛、下痢に第三、第四腰椎間外方に3~4寸、少しく外方に開き刺入する(大久保流)。
②胃、肝疾患、尿分泌促進
 これに対しては、第2、第3腰椎間外方に2~3寸刺入し、太陽叢に反射的刺激を与える(大久保流)。
③膀胱、子宮の疾患。痔、便秘
 刺点は第四腰椎外方と仙骨翼との間に2~4寸刺入する(大久保流)。
④坐骨神経痛、下肢後側病
 坐骨結節と大転子との間に3寸~5寸刺入(大久保流)また、第五腰椎下外方4横指腸骨稜の上縁に3寸~5寸、内下斜鍼に刺入、下肢へ鍼響を与える(力鍼とも称す)。又、下肢後側の承山穴に3寸~4寸上斜鍼、膝関節の屈伸運動をさせる(近喰流)。
⑤強度の肩引
 3寸内外の鍼を用い、コリを目標に速刺速抜する。コリを刺し、貫くようにする。或は僧帽筋の前縁からコリの下部を標的として4寸内外の鍼で、後方に向けて刺入し刺激を与える、手技は乱鍼法になる。ただし、このように刺鍼した後に、必ず、"引き鍼"或は"直しの鍼"と称する周囲又は上肢、下肢への軽軟な弱刺戟を与えておくことである。そうでなければ、刺鍼前よりもひどくコルことがある。
⑥長鍼による温鍼置鍼
 病気病処によって穴所を定めるが、躯幹に殊に腰腹部に2寸~3寸の鍼を刺し立て、置鍼し、その鍼柄(特殊の構造に製作す)に艾をつけ、これを撚焼さすのである。これは、大正時代から行われている。
⑦卵巣嚢腫
 患者を側臥位とし、腰部の腎兪穴、志室穴、帯脈穴及び反応点に3寸~5寸の鍼を刺入し、10分間位充分に運鍼する。即ち、刺鍼転向法を行うのである。ただし、腹診して、病巣甚だしく硬きものは刺さず(太田流)。
⑧腹痛、腹部疾患、
 夾脊穴(脊際穴)上で反応点を求める。これに2寸~4寸の鍼を直刺する。腹中に鍼響があるまで刺入して鍼響を与える。鍼響なければ効果少し(華陀鍼法と称せられている)。
 このほか、昔は吉田流(吉田意休創始)、匹地流(山陰地方に所伝)、大明琢周流(明人、琢周創始)などは長鍼を主に用いた。これら長鍼は病人の体格大肥満の者にはどうしても使わねばならぬことがある。


8.員利鍼(露鍼)


1.鍼形
 霊枢、九鍼十二原に『員刺鍼、長さ1寸6分、大きさ釐の如く、員く且つ鋭し、中身徴しく大なり』と記載している。『類経図翼』には『今医常に之を用う』とあって張介賓時代には、この鍼がよく用いられたようである。員利鍼を露鍼というのは鍼柄が露滴の如く珠状をしているからである。毫鍼とこの員利鍼との相異は鍼柄の部分が異るという点と、毫鍼は鍼脚、(鍼根部)から鍼尖まで同じ太さなのに、員利鍼は中身微しく太いという点である。徳川時代以降の鍼師の九鍼式はこのように製造されている。鍼柄の部分が露滴の如くになっているということは、刺手の拇指、示指の加える力が、ちがった角度から加わるにしても、鍼体は刺鍼部に対し、刺鍼部の方向に刺入されることになるという利点がある。

2.実技
 員利鍼の鍼の構造が鍼体部が微しく太いという点から毫鍼のように鍼体部において曲り易くないということである。従って、劇しく扱い易いことになる。けれども、中身微大であるから、途中で刺し憎くなるということを知っておかなければならぬ。員利鍼を最もよくした先人に葦原検校がいた。その著《鍼道発微》に『今世に行うところは毫鍼のみにて員利鍼の術を知らず』と述べているが葦原検校生存時代、すなわち我国天保時代には、すでにこの方法が、すたれかかっていたことを、物語っている。員利鍼の実技は、押手を軽く穴所につけ、深く刺入れては引きあげ、また刺し入れては引き上げ、鍼口をゆるめ、左右前後、深浅前後、鍼をして自由自在にする。く鍼道発微》に「かくのごとくする時は、其の気のいたること動脈のかたちのごとく、又釣針へ魚のかかるがごとし、意をもって、是をうかがい、遠くめぐらす時は、例えば腰へ立つはり、手足へ響く、其のかたち、いなづまの如く、花火のごとし、又久しくとどめて進退する時は、其の気の往来すること炮玉の発するがごとし、其の響きは総身に通ず、其の術まことに妙なり、かかるが故に邪を瀉し、精を整得うること自在を得べし、これ員利鍼の法なり』とある。員刺鍼を瀉法と"補法"の両方に用いた。
 現代日本の製鍼家には、とくに依頼すればともかく、この鍼を製造発売しているところは皆無である。であるから、員利鍼の代用として、鍼体弾力に富む綱鍼を使っているけれど、中身微大でないので、いささか作用を異にすることとなろう。

3.応用
 霊枢、十二原篇、管鍼篇、九鍼篇などに員利鍼は、『暴気を取る』『暴痺を取る』『痺気暴発を取る』『癰痺を取る』などとのべている。《古今医統》には『陰陽を調え、暴痺飛経走気を去る』と記してある。これらによって、補法、瀉法に用いられることがわかる。が、どちらかというと、その構造からいって、瀉法に便利にできているとみてよい。したがって神経痛、痙攣、気附鍼に最適である。次にその用例をのべる。
①活の鍼
 先ず員刺鍼にて、痞根、陽稜泉をつよく刺すべし(鍼道発微)。
②中風
 先ず員刺鍼にて手足を多くさし、痞根、章門の辺、穴所にかかわらず肩、脊中をあさく多くさすべし(鍼道発微)。
③腫物
 コリある所を見て員利鍼にて多く刺して、共の気をもらせば自然となおるなり(鍼道発微)。
①口中歯痛
 員利鍼にて頬の内を多くさして血をもらすべし(鍼道発微)。
⑤筋痛
 筋痛むには員利鍼にて、痛むまわりをさして抜き、また刺しては抜き、度々する時は、その気散じていゆるなり(鍼道発微)。
⑥肝症
 肝症はすべて気のとどこおりより生ず、あるいは熱し、あるいは寒し。手足しびれ、筋引きつり、その甚だしきに至っては、気せまって、物をいうこと能わぬなり。項肩背の内を多く刺して気をもらし、後痞根、章門を深くさして、手足に強く響かすべし、みな員刺鍼をもってすべし(鍼道発微)。 以上は多く"瀉法"としての運用であるが、《鍼道発微》に『員利鍼は補あり、瀉ありと知るべし』とのべているように、その軽柔、強剛な運用により、補法、瀉法として用いられた。

9.毫鍼


1)鍼形
 霊枢、十二原篇、九鍼論篇に『毫鍼は尖、蚊虻の喙の如く、長さ1寸6分』とある、これが定法である。その構造は次の如くである。

①鍼柄(軸、竜頭)
鍼体の附着する部の細管を鍼柄という。鍼根(鍼脚)の挿入してある部分をいう。刺指の操作には最も重要な部分である。定法では曲尺で長さ6分、直径5厘である。が現今はこの定法道、理に作られていない。又昔は鍼柄に種々な模様をつけたり、彫刻したりしたもので、これは、流派によって定っていた。ヌメ軸、巻軸、俵軸、彫り軸などがあった。例えば、杉山流では金又は銀製の俵軸を、吉田流では銀製のヌメ軸、または巻軸を用いる。中国の鍼柄は図のように、鍼体に細線を巻ぎつけたものが多い。長さも2寸以上のものがある。撚り易いからである。朝鮮の鍼も、大体長く彫り軸、巻き軸、が多い。フランスやドイツ鍼柄は長さ3分位から6分位まであって巻き軸かヌメ軸、縦スジのものがある。これらはいずれも鍼のこの用い方に好都合なように製造されてある。
②鍼脚(脚、鍼根)
 鍼線が、鍼柄に挿入し、附着するところをいう普通は、鍼管にハンダを入れ、これに入っている部分は、製造家によって、異なるが、4分内外である。ただし、温鍼の鍼脚は内筒に曲げてある。これはハンダを使えないためだ。鍼ことに朝鮮の大鍼や中国の鍉鍼などは一本の材質から柄と体と尖をつくるので鍼根がない。日本の無分流の打鍼法のも同様になっている。
③鍼体(鍼身、穂、鉾、鍼鋒)
 鍼と尖と鍼根との間の部分をいう。この部の弾力は鍼の技術を行うに、大変重大である。大体は均等になっている筈だが、出来によっては平均等なのもあるから、新らしい鍼だといって、安心は出来ない。また、正円でなく扁平のがあったり、割れそうなのもあることがあるから、使用前によく検査することと、研磨してつかうようにする必要がある。
④鍼尖(頭、穂先)
 鍼体の尖端をいう。鋭利にみがかれている。昔は、流派によって、ちがったものである。杉山流は松葉、吉田流はノゲ、打鍼流ではスリオロシ形であるように種類があるが、これも用途によって、このような、違いが出来たものである。
 拡大鏡で検すると100回位用いた鍼尖は、その尖端が、思ったより磨滅することが判る。だから、時々、鍼尖を研いで常に鋭利に、松葉形なり、ノゲ形なり、柳葉形にしておくようにしておくべきだ。

2)実技
 霊枢の諸篇には、『静かに以って徐に往き、微かにして、以って久しく留め、養うて(気を)以って、痛痺を取る』『寒熱痛痺、絡にあるものを主る』などという。管鍼法以前は、毫鍼を、もっぱら補として用いた。撚って入れたものである。穿皮がこうてあったばかりでなく、刺技においても、静刺徐抜、微にして久留させるというように正気を養うべく使った。葦原検校もその著《鍼道発微》で『毫鍼の術は大補と知るべし』とのべている。九鍼用例と比較してみると、毫鍼は、その発生起源からいって、最後的のものと考えられる。生体に対する、いわゆる生気的思考"経絡観""気血運行"という。形而上的な考えが導きいれられてから、この毫鍼運用というものが、いかされてきた観がある。
 実技としては、徐刺徐抜が本来的なことになる。《杉山三部書》にもいっているように『鍼を撚るの心、蓮の藕をもって、鉄石を穿つが如く撚り抜くが如し』とのべであるように心得るべきである。
 管鍼法には、既述したように、腠裡の術に欠けている。即ち、皮膚を目標とする術がないということになる。同じく毫鍼を使うのであるが、弾入のために、皮膚刺激が目的にかなわない事になる。同じ毫鍼でも撚鍼で行えば、皮膚に対する刺激の与え方が自在である。この点が毫鍼のとりえであろう。
 又、押入法、爪法にしても、皮膚への術である。今様にいえば自律神経へ作用を及ぼすということになる。詳細な実技の方法については上節においてのべておいたのでここには省略する。

3)応用
 日本の鍼家の使用する鍼は殆どこの毫鍼ばかりであるといえましょう。
 元来"補法"の作用を与えることを使命とする。この毫鍼を3寸、4寸5寸と長くして、長鍼の用途に用いたり、あるいは寸3といって定法の1寸6分より短鍼にしたりというわけで、いわば乱れています。従って毫鍼で、種々雑多な病症に、一律に使って、効を収めようとの考えは無理になるでしょう。よくよく思案すべきものと考えられます。