鍼灸の実技:第12節 身体各部の刺鍼法

鍼灸の実技:序・目次

第12節 身体各部の刺鍼法


 身体各部はその部位において、構造組織に各々異りあり、殊に躯幹部にはその内部に種々な貴要臓器、神経、血管があるので刺鍼は慎重な注意を払って施さねばならない。

1.上肢における刺鍼の実際

 上肢外側にはさほど貴重な神経、血管はないが、内側には尺骨神経、上腕動脈、尺骨動脈等があって、拙術、太鍼、乱暴な刺鍼は、神経麻痺、出血、溢血、血瘤、血腫等不慮の刺鍼過誤を来すことがあるから、慎重な注意がのぞましい。

1)手部の刺鍼法
 手部は皮膚、筋肉浅く僅少である。しかし、指端は感度鋭敏であるから初めから過度の刺激を与えぬよう。管鍼法の弾入に際しても撚鍼法に際しでも、極めて軽刺激を与えるよう最深の注意を払って刺鍼すべきである。ことに、病体によっては、異常に興奮しているものがあるから、知覚の感度を予め予知して行うようにせればならぬ。これには曲池穴の如きところに、軽軟に弾入を行ってみて、その感覚の度合、反応の程度を察し、然る後、手部への刺戟度を決めるようにするがよい。患者の体位は術者の施術がし易くして行う。

2)前腕の刺鍼法
 手部の刺鍼時と同じように、技術者の感度を測ってから刺鍼するようにする。内側の皮膚は外側の皮膚より薄いのが普通であるし、大神経、血管があるから、注意すること。体位は術者の膝上に前腕を置くか、被術者を仰臥させて、前腕を伸展し、術者は施術し易い姿勢で行うのが一般的であるが、穴により、病名により、特殊の姿勢をとらせることや、その姿勢のままで行うことがある。

3)上腕の刺鍼法
 上肢の一般的注意を守って施術する。殊に、上腕の内側には、上肢に分布する三主要神経及び上腕動脈が、走行しているから、これらに刺激し、甚だしい刺激を与えないように注意する。技術者の姿勢は側臥又は、仰臥の姿勢をとらせ、術者は施術し易い位置をとって施術する。

2.下肢に於ける刺鍼の実際

 下肢も上肢と同様、内側には大血管、神経がある。従って上肢同様、内側刺鍼は注意して施術せねばならない。

1)足部の刺激法
 足部の施術に当っては、その刺鍼点の部位によって、被術者を仰臥、伏臥、時として、側臥の姿勢を取らせる。術者は施術し易い位置を占めて施術する。しかし、特定の刺鍼点の決めようがある時、例えば、穴の取穴法のある時は、その方法に従う姿勢を取らせて施術する。足背には足背動脈があるので、その部の刺鍼には特に注意深く施術すべきであり、足趾は刺激に対して鋭敏であるから刺激過度にならぬよう心懸けねばならない。

2)下腿の刺鍼法
 下腿の刺鍼法も一般的な下肢の刺鍼の注意に留意して行わねばならぬ。特定の穴の取穴法があれば、その取穴法どおりの足の位置を取らせるが、多くは、仰臥位又は伏臥位にするのが普通である。内側部の刺鍼の注意は上述の通りである。又下腿後側には、腓腹筋があって、これに、あまり強い刺激を与えると痙攣をおこすことがあるから、刺激過度にならぬように注意する。足関節部、膝関節部の深刺は長時間遺感覚を残したり、時に運動障碍を伴うことがあるから、充分気をつけねばならぬ。

3)大腿の刺鍼の実際
 下肢一般刺鍼の注意に留意する。大腿内側上部、殊に荒径部には大血管である股動脈、および股神経があるのて注意を要する。
 被術者の体位は仰臥、伏臥、側臥にとらせ術者は施鍼に最も都合のよい位置を占める。

3.躯幹における刺鍼の実際

 躯幹には胸腔臓器、腹腔臓器、骨盤腔臓器があり、刺激に対して鋭敏な肋間神経、胸膜、腹膜があるから刺鍼殊に深刺を目的とする時は四肢よりも、一層注意を怠ってはならぬ。

1)背部の刺鍼法
 初学者、技術拙劣なもの、乱暴に刺鍼する者が、肋間神経痛、呼吸困難、心悸亢進、貧血、胸膜炎などを起す例が少なくないのは、此部への刺鍼が、不適当であったり、過度であったりするための刺鍼過誤である。甚だしいのは、乱暴な深刺によって気胸を起したと報告されている例もあるから、充分の上にも注意し、太鍼、深刺、乱暴刺鍼などは厳くいましめなくてはならぬ、被術者の姿勢は坐位、仰臥、伏臥などが用いられる。

2)腰部の刺鍼法
 腰部は背部程危険はないが、腹腔内臓の貴要器官である腎臓、脾臓等が、背側に寄っているので、よく解剖的知識を心得て施術せねばならぬ。又大久保適斉氏の自律神経刺鍼の手技も提唱されているが、これとても充分な慎重さで施術さるべきである。施術時の体勢は、座位、側臥、伏臥等刺鍼に、最も都合のよい姿勢をとらせる、術者もまた、施術し易い位置で施術するようにする。
 大久保適斉氏は腰椎第1~第3横突起間を目的に2寸~2寸5分を刺入し、腹部内臓手術として、太陽叢(内臓動脈軸叢及び大小内臓神経)の支別を刺激伝導し、胃肝の機能、子宮機能に作用を与え、尿の分泌、腸の機能(下痢便秘)に影響を与える。殊に直腸に影響を与えるには腰椎下位に4寸刺入すると、その著『手術篇』に述べている。
 実地臨床家たる熊本の鍼医故尾田喜八氏は右側卵巣嚢腫にて、医師より切開剔出を要すると診断せられたる病人に対し、腰部に3~4寸刺入し、治療せしめた実験を報告している。又、坐骨神経痛に際し、腸骨稜後縁と腰筋との間隙(力鍼点と称す)に内下方に鍼路を向け3~4寸刺入して、坐骨神経の全経路に鍼響を感ぜしめて治癒することがある。これらは腰部の深刺の例だが、慎重に施術すれば、害なきのみならず、治効をあらわすことが知られている。

3)胸部の刺鍼法
 胸部刺鍼時も躯幹における一般的注意を充分心得て行わねばならないことはいうまでもない。くれぐれも拙劣、暴術を加えて、肋間神経痛や胸膜炎を起させてはならない。施術の姿勢は被術者の安定を考え、仰臥位または、側臥位が最もよい。が疾病と穴所によっては坐位を取らせることもある。術者は最も施術し易い位置を占める。胸部は呼吸によって、胸廓の運動があるから、呼気時、吸気時を計り、思わざる刺鍼刺激を被術者に加わらぬよう注意せねばならない。このためには、随鍼術などの手技が適当である。古は時として、肋軟骨を透して直接胸内目的の部位に刺鍼刺入したこともあったが、初学の者はよく習熟せずして、むやみに、真似るべきではない。又強心を目的に乳根穴、大包穴から心臓を標的に(内職刺鍼)刺鍼する例もあるが、これも、みだりに真似るべきではない。

4)腹部の刺鍼法
 腹部刺鍼時も胸部刺鍼時と同様、躯幹刺鍼時の一般的な注意事項を充分心得て施術せねばならない。
 ことに、刺戟に鋭敏といわれる腹膜及び腹腔内臓々器が腹筋不に種々あるのだから、それらに対する内臓直接刺激は出来れば避けるようにすべきである。被術者の体位は仰臥位が最も安定の姿勢であるが、時として、施術の都合、疾病、病人の好嫌により側臥位を取らせることもある。術者は病人の体位に従って、最も施術し易い位置を占めるようにする。時として、腹部に深刺する臨床例が報告されている。便秘に対し臍の右外下方、2.5横指の部に直鍼で2.5~3.5寸刺入し肛門への鍼響を期待することもある。大久保適斉氏は膀胱に影饗を与える目的て恥骨縫全上際都曲骨穴)より下斜方に1.5~2.5寸刺入すると記載している。著者の実験では不容穴に3寸の鍼を直刺入し、胃の運動をX線により研究したことがあるが、これらは参考にのべておく。

4.頭都政ぴ頭部における刺鍼の実際

 頭部を顔面部及び頭蓋部に分け、刺鍼には多少その趣きが異る。顔面部は見えるところであり、鋭敏な神経、表在血管などがあるので、刺激過度、出血、溢血、血腫などにならぬよう深甚の注意を払って、慎重に、細鍼をもって施術せねばならない。
 頸部は顔面より一層、脳と躯幹とを連絡する大切な諸神経血管の通路であるから、刺入に際し、分毫の動揺に対しても瞬時も注意を怠ってはならぬ。出来るだけ細鍼を使用するに、こしたことはない。

1)顔面部の刺鍼法
 上述の一般的注意事項に留意して、施術すること、殊に側頭動脈の搏動部及びその附近の刺鍼は注意せねば出血、溢血等を起し易い。頬部もこれに準ずる。下顎部は差程の用心もいらぬが、上、下歯槽神経を不要に刺激して神経痛、麻痺を起した例もあるから深刺、暴術には注意すること。眼窩部の刺鍼も臨床実験報告があるが、これも充分熟練して自信がついて後行うことである。上歯痛に対し上関穴へ下方刺入を、下歯痛に対し頬車穴へ前方刺入、深度は1寸~1.5寸位の刺入により、治効をあげることのあること、鼻塞、鼻炎、蓄膿症に印堂穴下方斜鍼鼻中鍼響により、良効を得ることがあることは参考に知りおくべきことである。刺鍼時の被術者の姿勢は仰臥位が最も安定している。

2)頭蓋部の刺鍼法
 頭蓋部の刺鍼は、初生児、幼児の大泉門部及び頭蓋縫合部は忌禁すべきはいう迄もない。成人にありては強靭な帽状靭帯によって被わるる故、危険は少ない。けれども直鍼によって余り太い鍼、骨膜、骨質に達する暴術は長時間遺感覚を残し、或いは必要以上に刺激局部の組織を損傷する原因となるから注意を要する。頭蓋部は多くの場合、斜鍼又は地平鍼に刺入するのがよい。
 百会穴*に双鍼とて、一穴に二本斜鍼して、肛門の病を治したという記載がある。
 また、屍体の骨と異り、生体の骨は刺しようによっては貫通できるものであるから、このようなことは知っておくべきである。又頭部には相当所謂、『禁穴』がある。現今その科学的根拠が不明のままになっているが、しばらくは古人の示教通り、禁ずべきものと考えられる。施術の姿勢は坐位で施術することもあるが、時として、脳貧血を惹起することもあるので、被術者は仰臥位又は側臥位が最も安定している。術者は被術者に対し最も施術し易い位置を占める。

3)頸部の刺鍼法
 頸部の刺鍼法は身体他部の刺鍼法に比して最も慎重な注意を払って行うべきである。それは、総頸動脈、内頸動脈、外頸動脈及び同名静脈の如き大血管、迷走神経幹、交感神経叢又は節、腕頭神経叢などの貴要な神経、喉頭、気管、肺尖部などが比較的浅在の部位にあるばかりでなく、これ等は刺激に極めて鋭敏であり、且つ、この部は脳に近く、反射によって、全身の器管、組織に広範囲な影響を与えるからである。従って、拙劣、暴刺のないよう、深刺、太い鍼の使用には十二分に、用心せねばならない。殊に人迎穴、扶突穴、水突穴の深刺、天突穴、気舎穴の下斜鍼、欠盆穴の暴刺は戒心を要する。近時、総頸部動脈洞或は毬を目的とする刺法が行われているが、この際にも同様慎重な用心が必要である。しかしながら、先人臨床家は頸部刺鍼に際して、鍼尖に循行する気血の動きを、手指に察しし、気至るならば、動揺し、進めず、その気の往来を見よと、いっている。
 頸部に刺すには、押手を用いず、毛鍼を用いて、刺手のみにて刺さねば、気の往来を知ること能わずとも云いのこしている。これは味わうべき言である。生体反応を察し、過量急激の刺激を与えてはならぬということである。
 頸部刺鍼にあたって、被術者に仰臥又は側臥をさせ、時に枕をさせずに行う。術者は、施術し易い位置を占める。刺鍼運手に際しては調息静志、他念なく、被術者の呼吸を計って行うべきである。
 後頸部刺鍼は前、側頸部程ではないが、ここにも、刺鍼に鋭敏な椎骨動脈があるから拙劣暴刺によって脳貧血などを起すことがある。
 要するに、頸部刺鍼は百錬自得、練習稽古を積みあげて、慎重の上にも慎重に行うべきところである。