旧江戸川乱歩邸:近隣の見どころ・観光

旧江戸川乱歩邸


 きっと多くの方が若かりしころ、少年探偵団や明智探偵の活躍に胸をおどらせ、怪人二十面相の策略にハラハラドキドキした経験をお持ちだろうと思います。その作者、誰もが知る日本の推理小説の第一人者、江戸川乱歩の邸宅が、立教大学の管理のもと、現在も保存されています。

旧江戸川乱歩邸 母屋

江戸川乱歩(1894-1965)

本名、平井太郎。明治27年10月21日三重県に生まれ、名古屋で育つ。
 早稲田大学で経済を学びながらポーやドイルを読む。さまざまな職業を経験した後、大正12年に雑誌「新青年」に「二銭銅貨」でデビュー。
 昭和2年までに「D坂の殺人事件「人間椅子」「パノラマ島奇譚」などを執筆する。休筆を挟んで「陰獣」「芋虫」「孤島の鬼」「押絵と旅する男」等を発表。
 昭和4年の「蜘蛛男」より娯楽雑誌に長編を連載、「魔術師」「黄金仮面」「黒蜥蜴」など。
 昭和11から「怪人二十面相」を少年倶楽部に連載、少年探偵のシリーズは晩年まで続く。
 同時期から評論も多く手がけ、「鬼の言葉」(昭和11年)「幻影城」(昭和26年)などにまとめられる。
昭和22年、探偵作家クラブ結成、初代会長に就任。
 昭和30年、乱歩賞を制定。
 昭和32年から雑誌「宝石」の編集に携わる。
 昭和38年、日本推理作家協会が認可され理事長に就任。
 昭和40年、7月28日脳出血のため自宅で死去。


 乱歩は1912年(大正元年)に上京して以来、東京市内各所を転居しました。一年ほど芝区車町に住んでいましたが、京浜国道と東海道鉄道線に近かったため、乱歩の二階の部屋は、終日終夜、轟々と鳴り響き、安眠できず神経衰弱になりました。また乱歩は、車町に越してくる前、鼻の病が悪化し、千葉大学に入院し、鼻茸だけは切除したのですが、この一年で増悪したため、立教大学の隣にある地、豊島区池袋三丁目一六二六番地の家に引っ越してきました(現在の豊島区西池袋3-34-1)。乱歩はこの住居をたいへん気に入り、増改築を繰り返しながら、昭和40年に亡くなるまで過ごしました。


母屋は二階建てに改築されています。


応接間とマントルピース


乱歩の机


住居には土蔵が隣接しています。


土蔵は、2003年に豊島区指定有形文化財に指定されました。


乱歩の膨大な蔵書は、土蔵内部にいっぱいに保管されています。


土蔵以外にも、母屋内の書庫、立教大学図書館にも分散して保管されています。


展示中の『黄金仮面』の台本と宝塚舞台宣伝用仮面など


乱歩の愛用品、メガネ、文具、ベレー帽