鍼灸の実技:第9節 打鍼法

鍼灸の実技:序・目次


第9節 打鍼法


 打鍼法は夢分斉御薗意斉の創始せるものとされている。打鍼は撃鍼ともいい、丁度、大工が釘を金槌で叩き入れるように、槌をもって、鍼(打鍼用の鍼である)を叩き皮下に入れるのである。この方法は日本独特の鍼法である。

1.打鍼法の器具

 打鍼法には槌と鍼があって、特異のものである。槌は丁度、金槌のごとく、槌と柄とからできている。その柄の前後或いは左右が、くり抜きになっていて、鍼を容れるようになっている。
 著者(柳谷)が終戦前に所持していたものと、終戦後、先輩である横浜の山崎治助先生から寄贈されたものでは、形にも、鍼の長短にも異った造りである。このことから、打鍼槌をつくり、鍼もその、好みによって作られたものと考えられる。鍼の形は九鍼の『鍉鍼』の如くである。『鍉鍼』も『類経図翼』の図説の如く、鍼柄と鍼体が同一の材質から出来ており、鍼体と鍼柄との境界からスリオロシ形に、とがり、鍼尖がつけられている。鍼の全長の長さは4~7cm位あって、鍼柄部の太さと、鍼体の初部はマッチの軸ほどの太さである。
 槌にもその造り方が種々あったようである。槌を象牙で作り、その内部に鉛をつめ、槌の両面には鞣皮を張ったものや、木質の槌の一面を凹かにし、これに、皮を張りつけたものがある。柄には鍼が刺し込めるようになっているので、使用せぬ時は、2本の鍼と槌とが1つの器具となっているわけである。
 操作には、象牙の槌筒に鉛が入っている方が重みがあって使いやすいようであるが、目的によって、槌の軽いのも使われたことと推察される、槌の木質は黒檀又は紫檀が使われたようである。

2.打鍼法の押手

 打鍼法の押手は拇指と示指を合せて、指端を刺鍼部に立てる。それから、示指の爪面に中指腹を密着させる。従って、押手の形は拇指、示指の指端で杉山真伝流の《筒立て》の形のようにするのである。鍼は押手の示指の爪部と中指腹との間に撮み立てる。挿立した鍼尖を皮膚に接せぬように撮み立てるのが必要である。

3.打鍼法の刺手

 打鍼法の刺手は専ら、鍼槌の柄を撮んでいることになる。その手技は鍼柄頭を叩くにあるので、鍼柄をもって、鍼を刺すのではない。夢分の書きのこした『鍼道秘訣集』は《鍼鋒の肌膚につかぬほどにして、皮を出ずることに痛まざるように打つなり。針入ること1、2分にして槌に手応えあり。鍼鋒より2、3分にいたる、深く刺すべからず。打ちて栄衛をめぐらし、肉の内に徹するの法である》ということが記載されている。

4.打鍼の仕方

 打鍼の仕方については、皮を出づるに痛まざるように打つなりといっているごとく、丁度、管鍼法の弾入のときのように打つべきである。実際、打鍼を行うには、鍼の重さを柄で計りながら打つ。4、5へん打つように振ってみて、調子をつけ、押手の鍼柄頭を打つのである。
 打つ調子は軽軽、重重、軽重の如く打つべきである。著者(柳谷)の扱った患者で、岩石にもまごう程硬い肩こりの人が、普通の毫鍼では少しもうけつげず、一度打鍼法で行ったところ、この打鍼法の鍼で効果があり。次回からは打鍼流の鍼を所望するようになったので、この患者には、いつも打鍼流の太鍼を使用した経験をもっているが、打鍼の叩打とともに、軽快を訴えていた。
 打鍼法ではこの打鍼の槌捌きが重要な役割をするものである。また、『鍼灸要歌集』では管鍼法に先きだって、管鍼が自然発生的に考案されたと考えられる記載があることは技術の歴史性から首肯されうる。

5.打鍼法の場所と効用

 打鍼法は専ら、腹部に応用したものであった。その唯一の伝本である『鍼道秘訣集』(刊本として上野国立図書館に収蔵されている)によって、施術の場所と効用を知ることができる。次にその代表的なものを紹介することにする。

1. 火曳の鍼
 この針の術は、臍下3寸、両腎の真中なり。産後の血暈として、子産みて後目眩の来るとき、臍下3寸に鍼して、上る気を曳き下す針なり。たとえ、産後に目眩なしとも、31日の内に、3度ばかり針するものなり、さておよそ病症上実して下虚する人は必ず上気す。かような者に火曳の針を用いる。このほか、病症によって用うること医の機転によるべきなり。

2. 勝纍の鍼
 この針は大実証なる人の養生針に、さては、傷寒の大熱、傷食の節に用うる、処定らず。邪気を打払い、針を曳く、これ瀉針なり。虚労、老人には用いざる針なり、そのほかは、大方この針を用う。

3. 負曳の鍼
 病症によって、邪気の隠れいるとき針してその邪気をおびき出して治療することなり。かようの針を用うる病人は、何とも病証知れがたきものにて、狐つきとも気違いとも知れがたきものなり、その時に用うる。とかく、邪気を引き出して様子を見、療治せんと欲するとき用いる針の方便なり。諸病の問い針と心得べし。

4. 相引の鍼
 これも処定らず、和する鍼にて、虚労の証、老人、養生針に用いる邪気の曳きと、針の虫と相曳きに引針なり、補針ともいうべし。

5. 止鍼
 立つるところは両腎なり(『鍼道秘訣集』の両腎は臍の両膀をいう)。そのうち、多くは右の命門、竜雷の相火にして、常々たかぶりやすく、上り易し、腎水を漏したるときは、必ず右の命門の相火動ずるものなり。天この火にあらざれば物を生ずること能わず、人この火にあらざれば、一身を生ずること能わずという火はこれなり。
 邪気にも五邪ありといえども、眼とするところは命門の相火なり。是れ相火のたかぶり上るにより、針して止め、上らざるようにする針なり。工夫もって針し覚るべし。

6. 胃快の鍼
 大食傷のとき、針先きを上へなし、荒々と針をするなり。この針にて食を吐さば、胃の腑くつろぎ快なるが故に、胃快の針と号す。常には針せず、処は臍上真中通り。臍上1寸これなり、又腫気の病人に針す、口伝あり。

7. 散ずる鍼
 処定まらず、大風吹き来って、浮雲を払う如し。滞ることなく、さらさらと立つるなり。この時の心持ち、心軽く気重くなることなく立つるなり、万病みな気血の不順にて滞るによって病を生ずるなり。しかれば滞る気血を解く針なれば、このほうの心軽く持って、さらさらと針すべし、諸病ともに用うる針である。

8. 吐かす針
 穴は胃腑なり(夢分流では上腹部を胃土という)針先を上に向け、深く鍼すべし。1本にて効なくば2、3本も立つべし、さては両脾の募(夢分流では鳩尾の両傍、季肋部を脾募という)に邪気あらば立てるべし。胃の腑に針する法といえども食気胃の腑に無くして、下焦にあらば、瀉針、(くだす針)にて食気を下してよし。さてまた、傷寒などの時証によって、吐かすことあり、これともに邪気胃の腑に無き時は立てず。


9. 瀉鍼
 穴は臍の下2、3寸、両腎の間なり。針先きを下へなして、深く立てる法なれども邪気あらざればたてず、傷寒に瀉針を用うるも右のごとし。

10. 車輪の法
 諸病ともに邪気あらざるところに立つるべからず、過なきを討伐するがごとし。どのような煩なりとも両脾の募、両の肺先(夢分流では右季肋部脾募の下をいう)。章門、両腎、胃の腑を見わけて療治すべし。右にいう処の分、何様の病にても、ここにて療治すれば車輪の如く、療治早まわるとの心にて、車輪の法と号するものなり。

11. 実の虚
 実の虚という腹は、構より上は実して、臍より下は虚して力なきをいう。かようの腹は上気し、又は、息短く、食後に眠り来り、又は気屈しやすく、ため息。あくびし、肩胸痛むことあり。大方の人腹持ち悪しなどいうは是の腹なり、本道にていわば、脾胃腎虚などと見立つべし、両の脾の募、両の肺先き、胃の腑に針すべし。

12. 虚の実
 虚の実の腹は上の腹と違い、臍より下も皆実邪にして、臍より上は虚なり。併し無病なる人の腹に、かくのごとくあるは吉なり。既に病む人の腹に、かくのごときは、腹下るか、腰痛むか、小便不通、淋病、大便結するか、女はこしけあるか、月水滞るか、疝気、瘀血等の煩い、傷寒の裏証、又は湿を受け冷えたる人、必ずこの腹にして、是病あるものなり。療治は両腎、丹田、臍の両傍、章門に針してよし、この処を見合せ、邪気の強き方に針すべし。

13. 実実
 実実の腹は臍の上下ともに邪気あり。かようの人は大病起るか、又は心痛、大食傷、何にても急なる災いにて頓死などするものなり。大木のの雪に枝折るるが如し、散ずる針、勝引きの針、専らにすべし。

14. 虚虚
 この腹は臍の上下皆虚にして、最も悪しき腹なり、負引きの針にて小邪を引き出して療治すべし、虚労等にこの腹あり、かようの療治は功者のよく知るものなり。病に効を見せんとすれば病人に草臥来り易しく、病者退屈しやすし、なかなかもって、治療難かしきものなり。このような病人、本道も針医も上手、下手のあらわるるものなり。

15. 寒気を知ること
 腹を診い、病人は寒気(さむけ)来るべしとこの方より断る。ことに身の章門より邪気出る、時には万病に寒気あり。章門は肝経なり、肝は厥陰風木なるが故に、邪気章門より出づる時は、寒風を出すこと疑いなし。邪気強き方の章門に散ずる針、勝引きの針する時は邪気しりぞき、寒気止むること妙なり。

16. 腫気の来るを知る事Ⅰ
 諸病に腫気(水症)の来るを知ること相伝とす。この習を知らざれば、本道も針医も下手の名を表わす。これによって、病人に腫気来らざるよう前払って針を立つるものなり、さてこの目のつけ処は胃の腑なり。大病人に針すること最も習いとなす。胃の腕に邪気寄らば必ず食進まず、病人一日一日と草臥れる。さて胃は亢ぶり、乾くが故に病体より食進み過る。これ即ち腫気の来る相なり、随分と胃の気の邪気を払い見るに、退かざれば辞退して療治すべからず。さて大病人を初めて観るに胃の腑に邪気あらば食進まぬか、食後に眠り来るべしという。又足の甲、腰のまわりに腫気ありて、腰冷ゆるかと問うべし。必ず左様にあるものなり、肥えたる人ならば療治すべし、痩たる人の腫気は大事なれば、必ず辞退して治すべからず。

17. 瘧観の大事
 瘧の病証種々医書に記するとも当流にては、肝瘧脾瘧の二証に定む、腹を診るに両の脇、章門より肋骨へ邪気込入りあるは肝の臓より発瘧して寒熱甚だしきものなり。しかしながら、早く平癒するなり。又両脾の募、胃の腑に邪気あるは、食も進み難し。是を脾瘧ともいい、俗に虫瘧ともいって、癒ること遅し。この証は元来湿にあたり、脾胃に湿こもり、散せざるところに食などにあてられ食傷するの後、必ず変じて脾瘧となるものなり。癒ること遅し療治悪しければ必ず若き人は虚労の症となり易く、老人は次第に草臥れ、大事に及び腫気など出で、終には死するものなり。針の立てように伝多し。

18. 隔の鍼
 隔症のこと諸書に記す。故に記さず、当流腹の観様は鳩尾、両脾、胃の腑に邪気あり。大法痰火上って心を塞ぐ故、胸中乾き、食通り難く、たまたま食通り胃中に止まる様なれども胃火盛んなるによって、やがて返して食を受けず、これ皆乾燥痰火、熾んなるが故なり。乾燥の物を堅く禁ずるなり。この療治もっとも難かし、其の内肥たる人の隔翻胃10に7、8は癒る。痩たる者は治し難し。鳩尾、両脾の募、胃の腑の邪気を退く様にすべし。大便結するものなり。

19. 中風の鍼の大事
 是の病証も諸書にあるをもって略す。左右の半身かなはざる治療に習あり。左の半身不随は邪気右の傍にあり。右の半身不随は邪気左の傍にあり、これ当流の習なり。邪気を針するを本となす。一方へ気血偏寄するが故に一方虚して、虚の方遂はず。その偏実の方を専ら針して、虚にかまわず針すれば、偏の気血虚の方に移り、両傍平になるときは、遂わざる偏身癒ゆ。譬ば秤の軽重あるが如し。諸柄のおこるというも、気血相対して軽重なければ、平人無病なり、臓腑の虚実によっておこる邪気を退くる時は平になり、病無し。是の理万病に用ゆ。さてまた、卒中風して、気を取り失うには、鳩尾ならびに、両傍に針を深くする時は本心になるなり。この針にて気付かずば神闕に針すべし、鳩尾に針せざる前に神闕の脈をみるべし。脈なくばとかく死する人なり、少にても動脈あらば針してよろし、本心になりて後には前の療治と心得べし。

20. 亡心の鍼
 亡心とは一切の煩い、大食傷、頓死等にて、心気を亡ぶをいう。先ず神闕の脈をうかがい、脈なければ針せず、脈少しにてもあれば、鳩尾同じく両傍に深針す。この針にて利せざれば神闕に深く立つべし。これにて生きざれば定業と知るべし。これ当流の大事なり、亡心の証は皆もって、邪気心包絡に紛れ入って、心気を奪うが故にかくの如し。因って鳩尾並びに両傍に深く針して、心邪を退ける時は本心に帰するなり。諸の心持実積んて邪と変じ、正を失う。悪の邪を退くる時は元の正にて病無しと知るべし。

21. 疳の鍼
 五疳の証、諸書にこれあり、よって略す。このうち脾の臓より出る疳を脾疳と号して難しきなり。さては肝腎の両臓より出るものあり。肝より出るものはとり目とて黄昏見えざるものなり。両章門に眼をつけ、邪気を鎮めるときは病いゆ。脾の臓より出づるものは両の脾の募、胃の腑に必ず邪気あって、四肢細く痩せ、腹ばかり大きくなりて食を好むものなり、両脾の募、胃の腑の邪をしりぞくる時は漸漸に癒るなり。

22. 一つの鍼
 諸病ともにいろいろ治療するといえども、効無きときは、神闕に針するなり。最も療治大事なり、よくよく見極めて針すべし。
 以上は打鍼流の伝書『鍼道秘訣集』の技術の部分のうち主要なるものを述べたのであるが、本書の頭書、《当流他流の異》に記してあるように、従来の捻針、指針(押鍼)とははなはだしく異ることをみる。本書の巻末に《世俗の諺に秘めごとは睫の如しとて、かりそめのことにも秘伝習いあることなり。この習い知ると知らざるとは天地の違あり。習を知るたる輩は禍なし、諸病を癒こと手の裏にあり》とあるが、当流の自負をうかがい得る。また、とくに鍼術にこの身を置くものは、この書の始めに記載してある。『心持の大事』の項の《他流にては何れの処に何分針立てるなどというばかりにて、心をつくし一大事のところに眼をつけず、当流の宗とするところは針を立てる内の心を専らとす。語に、事に心なし。心に業なし自然に虚々にして霊、空にして妙、挽かぬ弓放たぬ矢にて射つときは中ならず、しかもはづさざりけり。当流心得の大事なり。この語歌を以って工夫し針すべし》という提言である、味うべきの言である。

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