鍼灸の実技:第7節 刺鍼練習法

鍼灸の実技:序・目次


第7節 刺鍼練習法


 普通鍼を練習するに、坐蒲団とか、糠袋を使って、これに、刺鍼の練習をし、体形、姿勢を作るのである。つまり型をつくって、それから人体に及ぶのが順序である。
 これについて、坂井梅軒は《鍼術秘要》において次の如く述べている。『初学の徒、鍼術を習熟せんと欲せば、先ず深さ2寸5分、差径し2寸許りの竹の筒に熱糠を指にて固くつめ入れ、一杯に充しめ、其の上を絹切れにて蓋い包み、糸にてしっかりくくり、糠のこぼれぬようにし、これに鍼を刺すべし、その鍼を刺す時、右手の拇指頭と食指頭とにて、鍼の鉾を挿みて、おしこむべし。そのおしこむときは、力を用いて急に刺さんとすれば、針時々たわめることあり。又力を入れざるときは針進むこと遅し、数十日の間能く手に熟練して針少しもたわむことなく、医の呼吸すること大抵2、3度許りの間に針悉く糠の内に沈入するに及んで人の肉中に刺すべし。鍼をたわむれば、人身を刺すに当って、鍼鉾皮膚にまとい、或いは経絡、邪気を貫きて進みがたきものなり』とのべている。しかしこのような稽古は、いわば、初歩的な練習法である。これに類するものを紹介する。

1.スポンジ練習法

 これは、近代になって、ゴムが輸入されてからできるようになったわけである。海綿のようなゴムのスポンジを刺鍼枕として、練習するのである。これも、表層は粗なもの、次次と密なるものを重ねて練習枕を作り、これに刺鍼の練習をするのである。坐蒲団よりはましな練習台と云えよう。

2.三味線の糸通し練習法

 これは、スポンジの中に三味線の太い糸を通してある練習枕を利用するのである。スポンジは通り易いが、三味線の糸となるとなかなか通らない。まず三月は通すにかかるだろう。これも毎日仕事としての練習が積んでのことである。

3.硬物通しの練習法

 この方法は、昔よく行われた方法である。桐、杉、後には樫のような板に鍼を刺す練習のことである。桐にしても最初から厚いものは通るものではない。初めは五厘位の厚さのものから始める。五厘、七厘、一分、二分、三分、五分、一寸と板の厚さをだんだん厚くして行くのである。これでも要領がわかると、刺し透すことができるものである。桐がすんだら杉の薄いものから、ごく少しずつ厚いものに刺鍼の練習をするのである。杉が終ったら、樫のような硬い板に刺す稽古をするのである。練習が積めば刺し通るものである。《雨滴穿石》という言葉がある。練習の呼吸が自然法則に合致すれば通るものである。水府流鍼術の祖、西村元春が鉄の火鉢に鍼を透したといういい伝えがある。技術は常識や理論を時として超越することのあることを銘記せねばならない。この心は杉山和一先人のいいしごとく《蓮の藕(イト)をもって鉄石を穿つが如く撚り抜く》ていの猛勇心にある。何のためにこのようなことを行うか、鍼術家として、肋軟骨、恥骨軟骨、脊椎間板、軟骨の如き変性部を刺通する時があるからである。

4.浮物通しの練習法

 これも先人の好んで用いた練習方法である。盤中に水を満して、それに例えば、キウリ、ナス、大根、人参、リンゴようなものを浮す。盤中の水は盤の周辺一杯に溢れるばかりに水を盛っておく、この浮いている野菜果実を刺し通すのである。これは、なかなか刺らない、というのは、まず重心をみつけねばならない。鍼尖をもって、押えても、浮物の全部が沈む個所を刺点として求めねばならないからである。そうでないと、浮いている野菜果実がくるくると廻転して逃げまわるものである。さて、重心が見つかって、それに刺鍼する段取りになるが、あまりに力を入れて、野菜果物が水中に沈み、盤中の水が、盤外にこぼれてはならぬのである。結局体作り、腹構え、気構えがきまらないとできない。この練習は病体において、浮動せるもの、或いは浮動して定まらざるものを刺的する場合の技術の練習である。暴発する動脈、痙攣、移動性の癥瘕痞塊に対する準備として是非とも練習しておかねばならぬ稽古である。昔は眼科を志望した医生が盤中の水に浮べる頭髪を刃を以って切断する練習をなし、出来るようになって生体に手術を許されたと伝えられている。

5.生物通しの練習法

 浮物通しが終ったら、次は生物通しの練習である。猫、犬は大ていの家にいるものだが、まずこれらを試験台にして、刺鍼するのである。故奥村三策先生も《鍼治学》において、『睡猫に刺して覚醒せざるをもって上手となす』と記している。吉田弘道先生は、『障子の向う側に留まっている蝿を、こちら側から鍼で刺し、串刺しになり、抜いて、蝿が飛び去った。このようになれば、上上といえる』と語ったことがあるが、味い且つ、稽古すべきことである。
 動物とて生物であり、その生理機構は人間と大差はない。これに刺鍼の稽古をして、鍼下に生ずる生体現象を手に知ることは、人体貴要部分即ち、頸部、胸腹部に刺鍼するとき非常に役立つものである。
 刺鍼に熟すれば、なにも2本の指でなくとも鍼を刺入することができる。これを《一指刺し》又は《線香刺》などといっている。

註 一指刺線香刺
 これも練習すれば誰でもできる技である。鍼は力で刺すのではない。力は鍼の弾力より弱い程度で足りるばかりでなく、弱くなければならない。鍼の弾力より強い力を加えることは無駄ばかりでなく、徒らに鍼体を歪め曲げ、却って進鍼を邪魔するものである。従って太目の線香が折れない程度の力でよいのである。
 気構え、心構え、体作りをし、気海丹田に力を入れること剣客の白刃を握るが如く、柔和静志なること禅定にある僧の如く、半眼もって暮夕を考えず、無心無想、しかる後構えたる鍼の鍼柄頭に一指頭又は線香を置き、呼吸を調い、呼気により上腕の自然に下る力を鍼に移し、これに押手を呼応せしめ、刺手押手を不離一体となし、患人の呼吸を計り、刺手の指頭を鍼柄上に着け、そのままにて、呼吸し、押手をもってこれに適応させれば、皮下、筋肉やや浮き、鍼刺するに非ず、皮肉鍼尖を迎えて自然に刺入ができるものである。
 総じて、心気の構え、体作とが刺鍼の巧拙を決定する基準であり、尺度である。基準尺度が確然としていれば、刺鍼運手はこれに基づいて、その規格通りできるものである。
 蚊虻の如きでさえ、そのはりを刺そうとするときは、好処を発見し、足をふんばり、身体を作り、垂直に針を皮膚に立てて、徐々に刺入するものである。見ならうべきであると考える。

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