鍼灸の実技:第6節 刺手

鍼灸の実技:序・目次


第6節 刺手


 刺手とは鍼を実際運用する方の手をいう。普通は右利きであるから右手が刺手といってよいが、左利きの者は左で刺すから、左手が刺手ということになる。刺手は鍼術の効果をあげ得るか否やの重大なことにかかわる。
 従って古来からやかましく、さまざまな教説、訓戒、習練の方法が示されている。また刺手はひとり管鍼法のみに必要であるばかりでなく、古来中国から伝わった撚鍼法においても特に重要であり、日本人夢分斉によって創始された打鍼法においても重要な主位をしめている。その巧拙は生体に対し、所期の刺激量を与え得て、治療成績をあげ得るか否やにかかっている。

1.刺手の仕方

 刺手は技術の枢軸を占めるものであり、ただ、指先のみの運手と心得てはならない。鍼を実際、死物を活物たらしむるものであり、従って小手先で運用するのではなく、全身をもって運手せねばならないものである。すべての《技芸》はそうであるが、気力、体力、体勢の完全なる一致の上から、巧手が生れる。故に気海丹田に力を入れ、調息、虚実の呼吸をはかり、静志にして他念なく、体勢端正にして大樹の如く、磐石の構えがなげればならない。このような気力、体力、体勢が整備されてこそ刺手の源泉となり、刺手は意の向くところ自在に運用されるばかりでなく、ついには意識前に、即ち反射的にその進退を決すること、意識せずに自転車を操るがごとくに至るものである。従って舌先人は一にも二にも練習、稽古に全力をつくすべきことを垂訓しであることは理由なしとしない。

2.刺入時の心得

1)刺し入れると思わず、生体内に、異物たる鍼を仲間入りさせてもらうとの謙虚な気持ちで刺手を運ばれはならぬ。
2)刺手運手に際しては、気海丹田に力を入れ、我無し、人なし、半眼をもって、禅定に入り、無我の境地て行わなければならない。
3)挿入法にしても、撚鍼法にしても、鍼体の弾力よりも強い力を加えてはならない。鍼体の弾力より強い力を加えることは、徒らに、鍼体を屈曲せしめ、刺手の力が鍼体、鍼尖の中心よりそれて、無駄なカとなり、却って鍼が刺入せぬことになる。
4)体作り、腹構え、腰に力を入れ、肩、肘を固く張ることのないこと(端正直刺にせねば)気力損粍は安全を欠き、自由自在の運手が出来ず、手がふるえる。
5)刺鍼に際し、押手の上下底、左右圧、固定圧に狂いがあってはならぬ。
6)刺手を鍼体の方向に垂直にしないと、徒らに、鍼体が歪み、無用の力を加えることになる。
7)刺入がなかなか進まぬからとて、あせるのは、なお刺入進度を遅らせることになり、最もいけない。
8)刺入中、力を入れるために、押手の上下底、左右在、周囲圧の力に変動が来て、却って、刺入を邪魔することにならぬよう注意せねばならない。
9)力をもって入れようとしてはならない。これは、却って、鍼を曲げ、刺痛を与えることはあっても、鍼を進めることにはならない。
10)刺入時は一分入れては(進)、五厘引きあげる(退)、と云う気持で行うことは、皮膚、筋肉の緊張をやわらげ、無理なく刺入することになる。
11)鍼体を撮むさい、指を鍼体に垂直にして、この指に順応し、前腕、上腕をこれに添うようにし、手、肘、肩関節部を柔軟にし、吸息によって挙った肩を呼息によって自然に降る力を利用して、これに気海丹田の力を加える気持で鍼を進めるようにする。

 昔は刺鍼時の心得として、次のような注意を後人に残したものであった。《内径》の諸篇に『薄氷を履むが如く』『手に湯をさぐるが如く』『手に虎を握るが如く』『貴人の前に侍するが如く』とその心得をのべており、《鍼灸要法指南》には、『極めて堅く敢いてゆるさざるを佳となす。堅ければ病に中ること疾し、但ひとえに堅きを佳とするにあらず、忽がせにすべからず』とその妙処を教えている。
 また《霊*枢、終始篇》に『鍼を刺す時は視ることなく、聴くことなく、言うことなく、働くことなく、ただ意を密にし、鍼尖を心につけて、気の去来を候うべし』とのべている。
 古来実地臨床家の意見は上述のような点で一致している。後人、道を我手にせんとするものはよくよくこのことを知り、これを実地に応用、親試して、その真実なることを会得すべきである。

3.抜鍼時の刺手

 鍼を刺入し、目的を達し、鍼を抜除しようとする時は一般的には徐々に行うのがよい。手技にもよるが、丁度鼻毛を抜くように瞬間的に抜くこともある。
 ただ、あまり抜鍼に手間取ると痛みを感ずることがある。これは、抜き方(退方)が鍼の刺さっている方向にしたがわなく、片寄った抜き方をするからである。釘を抜くにも刺さっている状態において抜くようにすれば抜け易いのだが、一方向に抜けば、なかなか、ぬけないようなのと同じである。鍼を抜くに鍼孔の一方に力が加わるような抜き方をすれば、筋層に対して一方的に摩擦的刺激を与えるばかりでなく、皮膚層に対しても、同じような刺激を与えることになるのて、痛みを感ずるわけである。

4.抜鍼時の注意

I 一定深度まで刺入してある鍼を移動し、引き上げる(古法ではこれを退という)際には一般的には刺入時のときのように、一分引き上げては、五厘刺し入れる気味合いで抜くようにするのである。
Ⅱ 鍼尖が皮下1~2分まで抜け上げたら、一店皮下に鍼尖を止めるようにする、ここでせめて、2、3呼吸の間を置き、構えをその間に充分して、然る後に一気に抜除するようにするがよい。

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