古代中国の鍼灸の起源と扁鵲

 鍼灸医学は治療が独特でおもしろい医学なのですが、いつどこで発明されたのでしょうか。現在の日本や韓国、中国につながる鍼灸医学はおそらく戦国時代から前漢の時代、黄河流域においてだろうと思います。なぜならこの医学はその当時のその土地の思想が基本になっているからです。

 しかし医学ではなく医術、つまり鍼という尖った道具を身体に刺すことによって治療しようとする行為は、いつどこで始まったのでしょうか。鍼灸の起源を明らかにしようとするとき、ある壁が存在することに気がつきます。

 そのひとつは文献の情報が少ないということです。古代中国では何らかの発明をすると聖人とされ記録に残ることがよくあります。しかしその記録が存在しないということは、誰がどこで鍼治療をはじめたという情報が何らかの理由により伝わらなかった、または文字が発明される以前、つまり有史以前から鍼治療が存在したということが考えられます。(あるいは鍼治療は記録に残すほど重要または特別なことではなかった、とも考えられます)

 もうひとつは鍼治療が行われていたと考えられる遺跡から、鍼などの考古学的史料が発見されたとしても、それには証拠能力がないとは言えませんが、それの証明力が低いということが挙げられます。つまり鍼が発見されても、それが病気の治療に使われたと証明することは困難です。鍼の使い道は他にもたくさんあるのですから。

 もし世界のどこかの古代遺跡から、病気の人を鍼で治療している絵などが発見されれば、それは証明力が高いと言えますが、そういうものはまだありません。そしてもし発見されたとしたら、古代中国の鍼治療との先後関係や因果関係を調べる必要があります。

 鍼灸の起源を明らかにする仕事は、歴史学者や検察官の仕事に似ています。医学者や自然科学者の仕事とはちょっと異なるようですね。これから新しい史料が発見されるにしたがい、さまざまな新しい可能性が生まれ、今までの仮説が消えていくのでしょう。


中国で鍼が使用された最初の記録は、司馬遷の『史記』扁鵲倉公列伝に残されています。扁鵲は、虢(カク)という国で「鍼を砥石に厲ぎ、以って外の三陽五会に取らし」め、仮死状態だった太子を鍼で治療しました。虢はBC655年に滅びたことになっているので、もし『史記』の記述を信じれば、春秋時代には黄河流域に鍼治療が存在したと言えます。

しかしその記述の信頼性をあやしむ意見があります。なぜなら『史記』には扁鵲が秦の咸陽に行ったとする記述もあるからです。すると秦が咸陽に遷都するのがBC350年なので、扁鵲は300年近く生きていることになってしまうからです。

 ところで『史記』には「扁鵲なる者は勃海郡の鄭の人なり、姓は秦氏、名は越人」とあります。扁鵲が一人だとすると、この紹介文はよく分かりません。勃海は東北の果ての海のことであり、鄭は黄河中流の洛陽の近くの国であり、秦は黄河上流の西の果ての国であり、越は長江下流の南の国のことです。古代中国では人の名に国の名をつけることがよくありますが、ここまで地域がバラバラなのはどういうわけでしょうか。これは司馬遷が複数の扁鵲の逸話をまとめて記述した、と考えるのが自然です。

 そして扁鵲という名が、集団につけられた名であるとか、歌舞伎役者や落語家のように代々受け継がれる名であるとすると矛盾はなくなります。どちらの可能性も否定できません。(しかし逸話が事実であったと証明することはできません)

 ところで紀元前5世紀ごろインドの都市タキシラにはジーヴァカ(耆婆)という医師がいました。彼は鍼と薬嚢をもって生まれでた、と言われています(『チキツァー・ヴィドヤー』)。ただジーヴァカは開腹や開頭などの外科的手術をしたことが記録に残っていますが、扁鵲のような鍼治療をしたか否かは分かりません。

 ちなみに古代ギリシャのヒポクラテス(BC460-377年)も外科的治療をしていました。また瀉血治療をしていた記録があるので、おそらく鍼を使っていたでしょう。しかしやはり扁鵲のような鍼治療をしたか否かは分かりません。

 アーユルヴェーダには「スチ・ヴェーダ」がありこれはサンスクリット語で「鍼の科学」を意味しています。マルマ(ツボ)に鍼をすることでプラーナ(気)の流れを改善することを目的にしているようです。古代では竹や木製の鍼が使われていたようですが、ジーヴァカのいたタキシラでは鉄や銅、青銅製の鍼が発見されています。

 その後インドでは鍼治療はすたれてしまいました。しかしスリランカでは古代から現在に至るまで鍼治療が続けられているようです。大陸から海により隔てられると、生物種だけでなく技術も保存されるようですね。ガラパゴスやマダガスカル、タスマニアなど、長い間外部と隔絶してきた島々の生物と似ています。

 インドと中国のどちらがより早く鍼治療をはじめたのかは明らかではありません。しかし鍼灸は古代中国人が発明したとする説の他に、古代インド人が先に発明したという説もあります。もしそうであるのなら、その技術はタキシラや敦煌を通るシルクロードから伝わった可能性があります。また柳田國男(1875-1962年)の言うところの「海上の道」も考えられます。日本や中国に稲作や南海の神話が伝わったように、ヤシの実が海から流れ着いたように、鍼治療も海から伝わったかもしれませんね。そうすると『素問』異法方宜論にある「九鍼は亦南方より来る」という記述がしっくりきます。

 この技術をはじめて発明したのはこの民族の文明である、という評価をする際には、しばしばナショナリズムが入り込みます。迂闊なことはなかなか言えません。しかしアフリカや南米、東南アジアにも鍼の治療があるので、こだわる必要はないかもしれませんね。

(ムガク)

2009-09-18 はちみつブンブンのブログ より