凡、薬と鍼灸を用るは、やむ事を得ざる下策なり。

凡、薬と鍼灸を用るは、やむ事を得ざる下策なり。
飲食、色欲を慎しみ、起臥を時にして、養生をよくすれば病なし。

(貝原益軒『養生訓』より)


薬も鍼灸だけでなく、導引も按摩も同様です。

病気でもないときに、みだりに治療をおこなうことは上策ではありません。

まずは、朝夕歩き、労働して、座り、寝てばかりいることを避けること。

その上で、具合の良くないときは、治療の当否をよく知って選ぶことが大切です。

今日の一言

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人の身は父母を本とし、天地を初とす。

人の身は父母を本とし、天地を初とす。

(貝原益軒『養生訓』より)


自分の身は、自分一人だけのものではない。

不養生して若死にでもすると、それは天地父母に対して不孝である、

と、益軒は言います。

長生きして、人倫の道を行い、喜び、楽しむことが大切です。

今日の一言

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6月23日(金)の診療

6月23日(金)の診療時間は、10:30から19:30です。

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6月25日(日)の診療

6月25日(日)は、休診です。

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人間はガイアの一部でガイアと切り離すことはできない

人間はガイアの一部でガイアと切り離すことはできないので、われわれの知性はガイアにとって新たな能力と力である代わりに、新たな危険でもあるのだ。

(ジェームズ・ラブロック『ガイアの復讐』竹村健一訳より)


レオナルド・ダ・ヴィンチも人体を地球の縮図とみなして、地球を人体の拡大モデルとみなしました。

天人相応。天人相関。

東洋哲学も、それにもとづく鍼灸医学、東洋医学も、基本は同じです。

今日の一言

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自ら悪を作せば自ら穢れ、自ら悪を作さざれば自らが清し

自ら悪を作せば自ら穢れ、自ら悪を作さざれば自らが清し、
浄と不浄と共に己にあり、自ら他を清くすること能はず。

(『法句経』「自己品第十二」より)

自ら悪をなさば自ら汚れ、自ら悪をなさざれば自らが浄し、
浄きも浄からざるも自らのことなり、他者に依りて浄むることを得ず

(「少林寺拳法、聖句」より)


武術には自己修養がたいせつです。

養生にもそれが言えますね。

どのように生きるか、自分で決めるべき時が必ずきます。

今日の一言

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多く蔵すれば、必ず厚く亡う。

多く蔵すれば、必ず厚く亡う。

(『老子』「四十四章」より)


お金も、物も、たくさん蓄えようとすると、それ以上のものを失うことがあります。

食事も、水も、おやつも、ジュースも、お酒も・・・

摂り過ぎに気をつけましょう。

今日の一言

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複雑きわまりない ひとつの生きた袋の中に、 液体的なものがいっぱい入っていて、 その中に骨も内臓も浮かんでいる。

皮膚という 薄い柔らかい
伸びちぢみ自由な 大小無数の穴によって
外界と通じ合っている
複雑きわまりない
ひとつの生きた袋の中に、
液体的なものがいっぱい入っていて、
その中に骨も内臓も浮かんでいる。

(野口三千三『原初生命体としての人間』より)


自分の身体に対するイメージ。
それが変わるだけで心身がいろいろと変化してきます。

今日の一言

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尽く書を信ずれば、則ち書なきにしかず。 

尽く書を信ずれば、則ち書なきにしかず。   (『孟子』「盡心下」より)


なんでもかんでも『書経』に書いてあることを信じるのなら、『書経』はないほうがましである、という意味です。

ちまたは様々な本であふれかえっていますね。

歴史、経済、小説、芸術、漫画、医学や健康に関する書なども。

書の中には、現代の政治家がつくような故意によるウソだけではなく、良心的な誤り、誤解をまねく言葉も含まれています。

読書の際は、注意して、自分の頭を使って読む必要がありそうですね。

今日の一言

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歴史の大半は推測であり、残りは偏見だ。

歴史の大半は推測であり、残りは偏見だ。

(ウィル・デュラント/アリエル・デュラント『歴史の対局を見渡す』、Durant,Our Oriental Heritage,12 より)


歴史とは人の意識によって紡がれた過去の物語、とも言えるでしょうね。

今日の一言

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生物学とは、「地球とそこに棲む生命の現在、過去、未来にわたる歴史」と定義できる。

生物学とは、「地球とそこに棲む生命の現在、過去、未来にわたる歴史」と定義できる。

(レイチェル・カーソン『レイチェル・カーソン遺稿集 失われた森』より)


生物学を歴史と定義するなんておもしろいですね。

でも、確かに的を射た定義です。

人間も生物。東洋医学に携わるものも、それらを学ぶ必要がありそうです。

今日の一言

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過去は死んだ歴史ではない。過去は、人間が自分自身をつくりだし、将来を建設する生きた材料である

過去は死んだ歴史ではない。過去は、人間が自分自身をつくりだし、将来を建設する生きた材料である。   (ルネ・デュボス『人間であるために』より)


人が人らしく生きていくために、前を見て、目標に向かって進んでいく必要があります。

でも、それを達成するには、後ろを見ることも必要のようですね。

今日の一言

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意識とは、あったこととあるだろうこととの間を結ぶ連結線であり、過去と未来をつなぐかけ橋である。  

意識とは、あったこととあるだろうこととの間を結ぶ連結線であり、過去と未来をつなぐかけ橋である。  (ベルクソン「意識と生命」より)


健やかに生活するには、身体だけでなく、心も大切です。

痛みや苦しみを感じることは、意識の働きのひとつです。

病気になる前も、なった後も、治った後も、意識によってそれを認識しているのですね。

今日の一言

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主人は好んで病気をして喜んでいるけれど、

主人は好んで病気をして喜んでいるけれど、死ぬのは大きらいである。死なない程度において病気という一種のぜいたくがしていたいのである。

(夏目漱石『吾輩は猫である』より)


今日の一言

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自分の生命を愛しても憎んでもいけない。

自分の生命を愛しても憎んでもいけない。
だが生きている限りは生命を大切にするがよい。
長く生きるか短命に終わるかは、天に委ねるがよい。

(ミルトン『失楽園』より)


今日の一言

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冥冥に視、無声に聴く。

冥冥に視、無声に聴く。  (『荘子』「外篇天地」)


目に見えないものを視る。

声しないものを聴く。

鍼灸医学でも、これらは大切なことです。

病の本質、予兆などは、たいてい目に見えません。

身体からの声、メッセージなどは耳では聞こえません。

治療は、それらを観て、聴いて、それから行うことが必要です。

今日の一言

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人の霊は 水にも似たるかな

人の霊は
水にも似たるかな
空より来たり、
空へ昇る。
再びくだっては
大地にもどり、
永久に変わりてやまず。

(ゲーテ「水上の精の歌」より)

今日の一言

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病は以て身を保つべし。 

病は以て身を保つべし。  (『菜根譚』「後集百十九」より)


人は、病気があるからこそ、身体を健康に保ちたいと思います。

それは、死があるからこそ、生を大切にするように。

今日の一言

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心和し気平らかなる者は、百福自ずから集まる。

心和し気平らかなる者は、百福自ずから集まる。  (『菜根譚』「前集二百九」より)


心が和かで、気持ちが平静であれば、

自然と、たくさんの幸せが集まってきます。

今日の一言

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恭しければ則ち寿し。

恭しければ則ち寿し。  (『古詩源』「帶銘」より)


いろいろと養生法がありますが、態度というものも大切です。

恭しく、謙虚に、小さなことにも配慮を怠らないこと、それが長寿の秘訣です。

今日の一言

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人の生まれるや柔弱なり。其の死するや堅強なり。

人の生まれるや柔弱なり。其の死するや堅強なり。  (『老子』「七十六章」より)


生まれたばかり、赤ちゃんの頃は、だれでも柔らかいものです。

そして、死ぬと硬直してしまいます。

だから、身体も心も柔らかく保つことが大切です。

でも、柔弱は、力ない豆腐のような柔らかさではありません。

剛を制する、力強さをもった柔軟性が必要のようですね。

今日の一言

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人の学ばずして能くする所の者は、其の良能なり。 慮らずして知る所の者は、その良知なり。 

人の学ばずして能くする所の者は、其の良能なり。
慮らずして知る所の者は、その良知なり。  (『孟子』』「盡心上」より)


学ばなくても、できる、それが「良能」と呼ばれるもので、

考えなくても、知る、それが「良知」と呼ばれているものです。

人には、生まれながらにして、この「良知良能」が備わっています。

今日の一言

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心を養うは寡欲より善きはなし。 

心を養うは寡欲より善きはなし。  (『孟子』「盡心下」より)


無欲、ではないのですね。欲がまったくなかったら生きていけませんから。

欲望は少なく、が良いようです。

食べ過ぎない、飲み過ぎない、寝過ぎない、遊び過ぎない、怠け過ぎない・・・。

今日の一言

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自然の神秘を物語らせればよい。

自然の研究者は自然をねじ伏せようとしてはいけない。自然をして自然のおもむく所におもむかしめるように導けばよい。そうして自然自身をして自然を研究させ、自然の神秘を物語らせればよい。

(寺田寅彦『寺田寅彦随筆集』三より)


病気の時にもあてはまりますね。

医学者も自然の研究者の一員です。治療には、その原因や要因、機序を考え明らかにしていくことが必要です。

でも、時にはその必要もありますが、病気をねじ伏せなくてもよいのです。

たいていが、自然に治癒するように導いてあげるだけで十分です。

身体に、自然の神秘を物語らせればよいです。

今日の一言

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志は、気の帥なり。 

志は、気の帥なり。  (『孟子』「公孫丑上」より)


東洋医学では、「気」の思想が重要な役割を果たしています。

身体に流れているもの、身体を構成しているもの、身体と宇宙とつなげているもの、宇宙そのものも気で作られています。(と、考えられています)

それを統率しているのが、人の志なのですね。

今日の一言

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生まれついて人間には四つの敵がある。

生まれついて人間には四つの敵がある。恐れ、明晰さ、力、そして老いの四つだ。恐れにも、明晰さにも、力にも、打ち勝つことはできる。だが、寄る年波には誰も勝てない。なんとか先延ばしにすることはできても、老いをやっつけることなど絶対にできない。

(カルロス・カスタネダ『時の輪』、『呪術師と私』北山耕平訳より)


古代メキシコのシャーマン、ドン・ファンの教えの一つです。

老化。

若い頃は、それについて全然考えることはなくても、日々、感じられてくるものです。

老化も死も避けることができないものですが、それ以外の敵には打ち勝つことができます。

恐れや力は敵になりますが、明晰さもそうなるのですね。

今日の一言

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聖人は已病を治さずして未病を治す。 

聖人は已病を治さずして未病を治す。   (『黄帝内経素問』「四気調神大論」より)


聖人は、病気になった後ではなく、なる前に治める、ということです。

喉が渇いてから、井戸を掘る、戦闘が始まってから、武器を作るのでは遅いのです。

聖人は、病気にならないように生きていくのですね。

今日の一言

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生命そのものが一つの意味をもっているなら、苦悩もまた一つの意味をもっているに違いない。

生命そのものが一つの意味をもっているなら、苦悩もまた一つの意味をもっているに違いない。苦悩が生命に何らかの形で属しているならば、また運命も死もそうである。苦難と死は人間の実在を始めて一つの全体にするのである!

(V.E.フランクル『夜と霧』霜山徳爾訳より)


人は、人が人として扱われることがなかった、第二次世界大戦中のアウシュビッツにおいてですら、人として生きることを選択する自由を持つことができました。

現代でも、周辺国家がどのように行動するか不安な時代でも、未来が見えづらい社会の中でも、就職や仕事が大変でも、家庭に問題があっても、病気を抱えていても、どんな苦悩を抱えていても、私たちは人間らしく生きていくことができるようですね。

今日の一言

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鍼灸の実技:第4節 灸の補瀉

鍼灸の実技:序・目次


第4節 灸の補瀉


灸を鍼に比ぶれば、だいたい補的のものというべきである。が、鍼に補と瀉があるように灸にも"補"と"瀉"を区別する。

艾に点火し その火を消さず、自然の消火にまかせるので、その火熱が温々として冬日の如く心地よい熱感のある施灸のしかたをいう。これには、乾燥し、良質の艾を、柔かに撮み、皮膚に軽くつけ、燃焼した灰の上から施灸する。小炷にし、炷を高くし、底面を狭くする、少壮は補となる。 艾に点火し、自然の消火にまかせず、風を送って早く消火させ、猛烈夏日の如き熱感を与える方法 である。艾は硬く捻り、皮膚に強く貼じ、燃焼した灰を一々除去して、施灸する。炷は低くてよい、低面を広くする。多壮は瀉となる。

参考 灸の瞑眩

 ≪続名家灸選≫に『凡そ灸後、寒熱、耳鳴眩暈、頭疼、唇ロ乾燥し、痞満不食の証ありて、其の脈浮、滑、緩、洪ならぱ陽気通暢の象であり、これは艾火活壮の効にして、瞑眩である。喜ぶべきものとなし、停止することI、2日にして、復多く灸す。若しその脈沈、緊、細、数、実、長、結、代ならば火気炎逆の象にして火邪に属す。施灸すべからず』とのぺている。大谷彬亮博士の≪刺激療法≫に施灸刺激の結果として現わるる。生体反応は"陽佳相 Postive phase"と"陰性相 Negative phase"であるとのべている。

①陽性相  Postive phase                                                 
 疾病の軽快、神気爽快、食慾亢進、快眠、赤血球沈降速度増加、白血球増多を来し、一般に治療成績良好なる感を与える。

②陰性相  Negative phase                                               
 全身倦怠、頭痛、筋肉痛、関節痛、食慾減退、不眠、嘔気、嘔吐を現わす現象で、一般に症候の増悪を来すもので、軽度、継続期間の短きをもって可良とするものである、が1~2時間より、5~6時間に発し、24時間に消退し、次に陽性転帰をとるのが普通である。
                    
イ、適当刺激は直ちに諸症の減退を見る。                              
ロ、刺激多きときは悪寒、戦慄をもって高熱を発する。                  
ハ、最大刺激は虚脱をおこし、体温かえって下降することがある。        
ニ、甚だしく過度ならざる刺戟では両日後に陽性相が現われるもので、   
従来存せし熱も下降するものである。

 とのべている、いずれの場合も刺激と生体反応の関係として重要な知見である。


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服食を神仙に求れば、多く薬の誤る所と為す。

服食を神仙に求れば、多く薬の誤る所と為す。  (『古詩』より)


昔の話、

神仙家、仙人になって不老長生を望む人は、その手段を食べ物に求めました。

さまざまな神仙薬、丹薬が生まれ、

秦の始皇帝も、水銀を含む薬を服用していたという説があります。

でも、不老長寿を求めても、薬によって逆に病気になったり命を落としたりすることが多かったのです。

現代では、健康、健康寿命が求められています。

その一方で、テレビや新聞、雑誌などで、健康食品や薬の宣伝が活発です。

食事や薬は大切なものなので、

昔のあやまちを繰り返さないように、服用する前に、よく考えたほうが良さそうですね。

今日の一言

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真人の息は踵を以てし、衆人の息は喉を以てす

真人の息は踵を以てし、衆人の息は喉を以てす。  (『荘子』「内篇・大宗師」より)


真人と呼ばれる人の呼吸は、深い、踵から身体全体を使ってするもので、衆人の呼吸は喉を使った浅いものである、ということです。

腹式呼吸とか丹田呼吸などと呼ばれる呼吸法、調息法があります。

お腹や丹田を動かして呼吸することを意識しすぎると、胸とか他の部位を、無意識的に、動かさないように力をいれてしまうことがあります。

でも、そうすると、浅い呼吸と同じように、逆効果です。

本当の呼吸は、身体全体を柔軟に使って行うものなのですね。

今日の一言

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鍼灸の実技:第3節  無痕灸の実技

鍼灸の実技:序・目次


第3節  無痕灸の実技


 無痕灸は無瘢痕灸ともいう、皮膚に灸痕を残さぬ灸ということである。けれども、次にのべるように、皮膚に痕を残すこともある。原則として、皮膚に痕を残さぬように据えるのが無痕灸である。通常、無痕灸は皮膚上に生薑、蒜、韮、杏仁の切片  (3mm~1cm位時として2㎝に切ったもの)又は摺り潰して泥状としたもの((泥状の厚さも3mmからから1㎝位にする)をのせ、この物品の上に艾を燃すのである。艾の大きさも流儀によって異なるが皮膚上にのせた物品の面積一杯にする時と、あらかじめ、大豆大、中指頭大、拇指頭大位に艾炷を作っておいて、この艾炷を穴処にあてた物品の上にのせて、これを燃焼させることがある。これらの物品の厚さは薄い程熱の透りが早いが、熱のこもりもさめやすい。厚い程熱の透りが遅いがさめにくいものである。丁度、やかんと、鉄瓶でお湯をわかすような差がある。          
 また、世間にある無痕灸は生薑灸、蒜灸、韮灸、杏仁灸、それから味噌、塩を台にした味噌灸 (お姫様灸ともいう)塩灸などが多い。この他名称は灸と称し乍ら、灸とはいえぬような種類のものがある。             
 また、押灸といって、艾を煙草のように紙で巻いたものの一端に点火して、皮膚上に布片、紙などを置き、その上から、点火した巻艾で押えるものがある。 これは巻灸、棒灸という。直径が1.5cm~2.5cm位のものが一般的に使われる。このようなもので、紙の代りに金属製の円筒を、あらかじめ作っておいて、巻灸のように据えることもある。これも押灸または、棒灸という。
 温灸器と称する容器に艾その他の燃料、たとえば、線香のような可燃性のものを燃やして、布片を斤して、熱を皮膚に与える方法がある。温灸器の種類は、その材料、形式などから50~60種も市場に出たことがあったが、原理は皆同じてある。
 水灸といって、水で濡した日本紙を十数枚重ねて、皮膚上に置き、その上に艾炷を置いて、施灸する方法もある。艾の大小は目的によってきめる。大きいのは手挙大程にすることがある。勿論粗製の温灸艾を使用する。濡れた日本紙の代りに、ガーゼに食塩水を浸したものを、使うことがある。これを活塩灸などと名称づけた人もあった、が同じものである。 
 
 以上はとにかく、艾を使用するが、艾を全然使用しないで、名称だけを灸と称するものもある。
                                                                  
1.漆灸 これは2方法ある。
                                                           
①これは生漆10滴、樟脳油10滴、ヒマシ油適宜をよく調和し、艾に浸ませ、肉池のようにし、製しておき、箸先などで、穴処に点ずる方法をいう。                                                                                 
②乾漆10匁、明礬10匁、樟脳5匁、艾適宜を粉末とし、黄柏の煎汁を艾に混和し、浸ませ、これを小さい棒で穴処に点ずる方法である。
                           
2.水灸 これには3方法ある。
                                                      
①竜脳1匁、薄荷脳2匁、酒精適宜、を混和し、これを筆軸又は箸で灸点部に塗布する。                                                                     
②磠砂精11匁、白礬1匁、樟脳2匁、を混和密閉しておいて、之を筆軸又は箸で灸部に塗布する。                                                          
③グリセリン50.0gr、硝酸20.0gr、竜脳30.0grを混和溶解して、細棒で灸点部に塗布する。 
                                                                
3.墨灸 これに2方法ある。
    
先ず、黄柏5匁と水1合との混和せるものを、緩火で煎じて5勺とし、これで和墨を擢り、濃汁とする。これを黄柏和墨という。                                
①黄柏和墨5勺、麝香1匁、竜脳2匁、米の粉末2匁をよく混和し、これを灸点に塗る。                                                                    
②麝香1匁、竜脳1匁、煤煙適宜、ヒマシ油適宜をよく混和して艾に浸ませ、これを小豆大に丸め扁平にして、灸点部位におき、この上から施灸する。
                                                                         
4.紅灸 これは薬用紅を灸点部位に塗布するだけである。
                                
5.油灸  一文銭 (文銭)を皮膚の穴上におき、灯心に油を浸したものの一端に点火し、文銭の孔から現われている皮膚につけ、これを焼くのである(無痕灸とはいえない、踏み抜きの局所、目ぼしに肩部の小丘陰状のものを焼くに用いる)。                                                       
 以上は後藤道雄博士の≪へッド氏帯の臨床的応用と鍼灸術≫より引用す。また艾に他物を混ぜて、普通灸の如く使用することもある。≪本草網目≫ "硫黄灸"と称するものがある。これは、硫黄の粉末を艾に混和したもので、この艾をいう。火熱が強くなるものである。同様に麝香や竜脳や甘草末を粉として、艾に混和し、これを使うこともある。これらを、"薬艾" という。

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学ぶとは、知識や技術を単に増やすことではなく

学ぶとは、知識や技術を単に増やすことではなく、根本的に新しい経験や考えを全人格的に受けとめていくことをとおして、その人格が再創造されることなのである。 

(ミルトン・メイヤロフ『ケアの本質』田村真・向野宣之訳)


病気になったり、つらい症状を持つ機会に恵まれると、健康な時には考えもつかなかったことを学ぶことができます。

いろんな痛みや不快感だけでなく、なんとも言えない独特の感覚、感情、医学的知識、治療法やその経過、回復したときの喜び、爽快感など・・・。

でも、その学ぶことの本質は、「人格の再創造」なんでしょうね。

苦しみを知ると、他の人の苦しみを理解することができます。自分の弱さを知ると、より弱っている人の力になるために、強くあろうとします。

病気の時に何を学ぶか。大切な人生の分岐路です。

今日の一言

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風邪は経過するもの

風邪は経過するもの

 頭を使い過ぎて頭が風邪を引く。消化器に余分な負担をかけた後でも風邪を引く。腎臓のはたらきを余分にした後でも風邪を引く。とにかく体のどこかに偏り運動がおこなわれ、働かせ過ぎた処ができると風邪を引く。

だから飲み過ぎて絶えず肝臓を腫らしている人は肝臓系統の風邪を引く。ふだん余分に栄養物を摂って腎臓を腫らしている人は腎臓系統の風邪を引く。しょっちゅう心配している人は神経系統の風邪を引く。そうやってそれぞれその人なりの風邪を引くと、その偏って疲れている処がまず弾力性を恢復してきて、風邪を経過した後は弾力のあるピッチリした体になる。

 だから風邪というものは治療するのではなくて、経過するものでなくてはならない。

(野口晴哉『風邪の効用』より)


人の身体には、自分で自分を調えよう、治そうとするはたらきがあります。つらい症状や心配な症状があると、ついついそれを抑えてしまおうとする欲求がでてきてしまいますが、自分の自然治癒力を信じて、経過させることは、とても大切なことです。

でも経過させるにしても、ただ信じるだけではなく、自分の身体の性質、状態をふだんからよく知っておく必要がありそうです。

自覚的に、他覚的に、わかる人に聞くのも一つの手ですね。

今日の一言

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人を玩べば徳を喪い、物を玩べば志を喪う。

人を玩べば徳を喪い、物を玩べば志を喪う。(『書経』より)


現代の、人口過密、物質過多社会は、一昔前の王侯貴族の生活に似ている所があるかもしれません。

こんなにも、人が多くなって、物が多くなると、一人の、一つの物の価値を低く感じてしまうものです。

それでも、一人一人を大切に、一つ一つを大事にしていくことが、人間にとって必要なことなんでしょうね。

今日の一言

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志は満たすべからず、楽しみは極むべからず。

志は満たすべからず、楽しみは極むべからず。  (『礼記』より)


志も、楽しみも、人が人らしく生きていくために、とっても重要なものですよね。

でも、それらを満たしたり、極めたりしてはいけない、と『礼記』にあります。

そうなった時は、人としての成長や人生が終わってしまうから、かもしれません。

極められるような、簡単なものではなく、遠大で、継続的な人生の目的を持つのが良さそうですね。

子供の時も、退職した後も、一生懸命に働いている時にも、考えさせられる言葉です。

今日の一言

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障害と力くらべするとき、人間はおのれを発見する。しかし、障害にぶつかるためには、人間には道具が必要だ。

障害と力くらべするとき、人間はおのれを発見する。しかし、障害にぶつかるためには、人間には道具が必要だ。   (サン=テグジュペリ『人間の大地』より)


サン=テグジュペリは、大工にとっては鉋(かんな)、農夫にとっては鋤(すき)が必要だと言いました。

東洋医学に関わる者にとっては、鍼(はり)と艾(もぐさ)が必要です。

あと、漢方薬と、何より、知識と知恵が必要ですね。

病気や障害で苦しむ私たちにとって必要なものは何でしょう。

自分に合ったものを見つけたいですね。

今日の一言

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調身・調息・調心

調身・調息・調心は、座禅を行う時の基本で、

調身は、座る時の姿勢(端座法)
調息は、呼吸方(丹田呼吸)
調心は、心を調えること(数息観・只管打坐など)

と言われていますけど、病気の治療や、子供の成長にとっても、非常に大切なものです。

現代社会の生活の中で、それらが乱れてしまっているのに、それに自分では全然気づいていなかった、

ということが、結構あるものです。

こまめに、調身・調息・調心を意識してみると、心身を良い方向へ変化させていくことができますよ。

今日の一言

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鍼灸の実技: 第2節 有痕灸の種類

鍼灸の実技:序・目次


第2節 有痕灸の種類


以上は普通一般の艾炷の作り方、つけ方、処置の仕方であるが、有痕灸を、1.透熱灸、2.焦灼灸、3.打膿灸に区別する(富永勇氏分類)ことにより、少しく、その施灸の実技が異る。

1.透熱灸
 透熱灸は普通灸といわれているものである。その名のごとく、熱を透す目的で施す有痕灸である。神経、血管、圧痛点、経穴に据える灸である。たとえば、面庁に合谷穴にすえる。痔疾に孔最穴、百会穴にすえる。胃痙攣に胃愈穴、梁丘穴、三里穴にすえる。腹痛に裏内庭穴にすえるなどである。≪後藤艮山五柱灸≫に『疾喘吐衂腸風下血するが如きは即ち臓腑に病あり、宜しく、温動して之を動ずべし、労熱、盗汗、痃癖痞塊鬲噎反胃狂乱癩痛の如きは病の因る所深し灸灼最も多くして根底に徹せしむべし、日日月月に数十乃至数万の灸を据えべし、これを徹底と言う』と記載されてあるが、これも透熱灸である。

2.焦灼灸
 焦灼灸というのは施灸部を焦灼破壊する目的で施灸する灸をいう。普通よく使われるのは疣、魚の目などの上にすえて、土壌死、焼却を目的とするのである。この外、癰、庁、皮下蜂窼織炎、狂犬、鼡、毒虫、蛇などの咬刺による傷ロ、打撲、裂口などの局部に施灸する方法である。
 これは昔から用いられていた。≪素問・骨空論≫に『犬噛むところの処に灸すること三壮』とあり、≪内科秘録≫に『本邦にて古く癰疽に灸す。また、王侯貴人をも憚らず』とある。東南陽の≪砦草≫に『病犬に喰われれば多く灸して狗牙の毒を焼尽し、其の後解毒丸を用ゆべし』とある。疣や 魚の目に据える時は、艾炷の底面を疣や魚の目の表面一杯にゆき亘るようにして、硬くひねって施灸する。壮数は多く据えるのであるが、灸の痂皮がてきると熱く感じなくなるので、どんどん据える。痂皮が剥げると同時に疣も取れるのである。創ロ等に灸を据えるのはさも熱そうに考えるが、事実は考えた程熱くないものである。その作用は①止血、②防腐、③病的組織を破壊し、その部の緊張をゆるめる。①分界線を早く生ぜしめる。⑤排膿を助け、新瘡面の発生を促し、癒合を早からしめる。⑥抗体をふやす。
 焦灼灸は烙鉄と同じ意義を有するとされている。
                    
3.打膿灸
 打膿灸は灸を据えて、灸痕の化膿を促し(通常、相撲膏をはる)、排膿(打膿)させる目的で施す灸をいう。膿汁ぱかりでなく、漿液の排出でも、このようにして出すことを矢張り、打膿灸という。               
 通常、直径1.5~2cmの太さの艾の棒 (まき灸にする艾の棒を)つくって、3力月ぱかり置く。これを2cm位に切って、皮膚に貼じ、点火して皮膚を火傷させ、その灸痕に相撲膏をはるのてある。巻灸をつくって日が浅いと、艾が点火すると広がるので、3力月位経ったものを使うのである。が、時として、散艾を中指頭大位に固めて皮膚上に燃焼さすこともある。或は軟らかく固めて燃焼さすこともある。壮数は一壮のこともあり、三壮位すえることもある。いずれの場合も艾が皮膚に燃え移る時は、両手の小指側手弯部でもえている艾の周囲を強圧するがよい。こうすれば、皮膚の引きつりが、やわらぎ、施灸後の苦痛を軽減することができる。≪発泡打膿灸≫に『発泡打膿は一種の衝動となっで潜結壅滞せる血液を誘発し、却って、その部の神経、及び血管の衰幣せるを運営し、墳起逞発する作用を起すものである』とのべている。打膿灸もこの理に基ずくものと考えられる。                                                        
 打膿灸を施す穴所は、病気とこれを行う術者によって異なるが、凡そ次のようである。
①青地博士の横根返しの灸穴は臀部のほぼ中央 (グロシ氏三角点)である。
②弘法灸の穴は樫田、原田氏の報吉では曲垣、大杼、肩外、風門、肺愈、肝兪胃兪、腎兪である。
③打膿打抜きの灸として、懸鐘と三陰交、膏肓、臂臑、腰眼、外膝眼、三陰交、承山に施灸する。
④後藤艮山の≪後藤艮山五極灸≫には、『臁瘡、痔痒、陰虫破瓜、疥癬、癜風、小尻白禿の如きは瘀血皮膚にあり、宜しく、表熱を開くべし』とある。これを開表というた。  

診療時間変更のお知らせ

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5月度より、移転および事業統合*1の準備のため、診療時間を変更いたします。


診療時間

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(日曜は、平日に仕事をされているかた優先です)

休診日・休診時間は不定期になります。その都度、あらかじめ院内に掲示するか、ホームページにてお知らせいたします。
外出が多くなる予定です。どうぞ診療の前にご予約ください。



*1:今まで日本になかったタイプの薬店を併設する予定です。詳しくは別紙にて。どうぞご期待ください。
*2:「おしらせ・診療日時」から


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鍼灸の実技: 第Ⅱ章 きゅうの実技 第1節 有痕灸の実技

鍼灸の実技:序・目次


第Ⅱ章 きゅうの実技


第1節 有痕灸の実技


有痕灸は皮膚に直接艾炷ををつけて、線香の火を移せばよいようなものだが、これも厳格にいえば、矢張り練習がいる。
皮膚につける艾炷の撮み方、作り方、皮膚につけるつけ方、線香の火の移し方、燃焼中の注意、焼えた灰の処置の仕方等について一応練習しておく必要がある。

1.艾炷の撮み方、作り方

 散艾を左手で持つ。この際、余りたくさん持たぬ方が艾炷を作り易い。持ったなら、小、環、中指て落ちないようにする。艾を拇指頭と示指頭に運び(片手で行う)、指腹で、極めて軽くひねる。力を入れると千切れるから、力を入れない。まんべんなく撚り、よるようにする。この撚りようにコツが要る。示指腹の上を拇指腹が往復するようにひねるのである。これをまんべんなくやっていると、示指の指尖に拇指を移すと艾が両指の間にかくれるが、示指の第1節と第2節の関節部に移すと、文の尖端が拇指と示指の分れ目に出る(拇指と示指が交叉するようになる)。出た艾を右手の拇指と示指又はピンセットで撮み、皮膚につけるのである。乾燥している皮膚には着かないから、皮膚面をあらかじめ濡しておく。濡すものはアルコール、クレゾール水、などの消毒薬が適当である。
 艾炷の大きさは糸状艾炷、半米粒大、米粒大、小豆大、大豆大などがある。糸状艾炷は米粒大の約1/8位の大きさで、丁度、木綿の裁縫糸位の太さにする。つけるにはピンセットが最適である。半米粒大以上は一定の形に作るように練習せねばならぬ。その形は、a.同じ高さ、b.同じ直径、c.同じ重量、d.同じ硬さ、e.同じ底面をもった、円柱状、円錐状、(ピラミット形)、につくらねばならぬ。
 つくる速度は、米粒大て一分間に60個を標準にする。たれて来れば100個近く出来るものである。昔は"瀉には硬くひねり、"補には、極く軟かくひねったものである。

2.艾炷を皮膚につける仕方

 艾炷を乾燥した皮膚につけようたってむりである。最初は皮膚を濡らしておくか艾炷の底を濡してつけるのである。昔は艾を舐めたものであるが、これでは不潔であるから、消毒液を浸した海綿かスポンジーゴムか指頭消毒綿に右手の中指頭又は環指頭をつけ、これを穴につけて、それに艾炷を植えるようにする。或は艾炷の底面をこれら消毒液で、しめして皮膚につけてもよい。二壮目からは燃えた灰を取らなければ(瀉の時は取るから2、3度は消毒液をつけなければならない)液をつけなくとも艾炷がつく。
 このように、艾炷をつくり、つける速度は1分間に約40個位が標準てある。油手や、汗ばんだ指では、皮膚につけようとしてもつかず、却って手指にくっつくからタルクか、汗知らずのような紛を手指につけるか、ピンセットを使用する。

3.線香の火を艾炷に移し方

 線香の火を艾炷に移すのも、またコツがある。線香の火の先に灰がついているもので火を移そうとしても、灰からは火は移らない。燃え始めのところを艾炷の頭に持ってゆくのがよい。また、艾炷につけるとき線香を廻すようにすると、線香に艾が着いて、釣り上げるような事がない。
 だから灰はしょっちゅう除きつつ、線香をまわし乍ら、火を移すようにせねばならぬ。
 また、艾炷の横ちょうから線香の火をつけてはならぬ。艾炷の頂上に移すべきである。横ちょうから火をつけようとすれば、艾炷を転ばしたりすることがある。一寸した注意だが用心しなければならない。

4.燃焼中の注意

 燃焼中の注意は、"補"と"瀉"でちがう"補"はそのまま燃焼させるか、まさに燃え終ろうとする時に、拇指と示指て窒息消火さすようにするか、灸熱緩和器をあてて、消すようにするのである。"瀉"の時は、艾の火が消えようとする時風を送って吹き消すのである。
 なお灸熱が病人に甚だしく苦痛を与えているか、いないかを察知して、艾を取る場合もある。

5.燃えた灰の処置の仕方
 "補"の時は燃えた灰をそのままにして、その上から次の艾炷を着けるようにする。"瀉"の時は、燃えた灰をいちいち除いて次の艾炷をつけるようにする。一定の艾炷を据え終ったら、いずれの場合も、よく消毒しておくことは、勿論である。


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鍼灸の実技: 第14節 鍼法の補と瀉

鍼灸の実技:序・目次


第14節 鍼法の補と瀉


鍼法には、"補"(Jonification)と"瀉"(dispersion)の手法がある。これは、おのおの"虚"(Empty.vide)と"実"(Fubl.plein)とに対応される言葉である。虚するものは補い、実するものは瀉す、というのが定法である。局所的な虚実に対する補瀉があり、又全体的な虚実に対する補瀉がある。文字のうえから"補"は与える、益す、興こす、加える、救う、ということになる。"瀉"は取る、奪う、減ずる、抑える、剋す、などということである。現代的に考えれば、"補"は"生命力の恒常性維持能力を助長する"こととなる。"瀉"は"生命力の恒常性維持能力を阻碍するものを除く"こととなる。生命の全生機を盛んにし、原気を振興し(補)病的なものを解消し、除去する(瀉)ということである。
このように、考えられている補と瀉とは、その概念からついて、虚の程度、実の程度、により差ができてくる。すなわち、刺激という概念で、その刺激量は区別ができることになる。すなわち刺激という概念で、測ればその刺減量は区別がてきることになる。したがって《臓珍要論》にあるとおり、補を緩補、留補、徐補、極補など、瀉を急瀉、暫瀉、漸瀉などという言葉であらわすようになる。
あるいは、浅撚補瀉、深撚補瀉という言葉であらわせる手技もでてくる。論ずるところ《広狭鍼灸神倶集》に『正邪相争うの時にあたって鍼肌間の中に入って宗気に触るるときは、宗気いよいよここに聚り、憤激してカを出し、これを防ぐゆえに邪気遂に敗走するなり。然らば、微鍼の功は直ちに、これが邪気駆逐して去らしむるものにあらず、宗気の激発して、針下に聚め、それが力増して、邪気を駆逐せしむれば、宗気のために、援兵加勢ともいうべきなり』とあるように、生物本来のはたらきを助長せんとする鍼の操作であると考えられる。また、昔は補する時『五常上真六甲玄霊気付至陰百邪閉理』と三辺となえて、鍼を刺すこと。瀉する時『帝扶天形護命成霊』と三辺となえて刺す定めになっていたが、これも、呪文そのものの意味よりも、体中に刺入する異物としての鍼と、生体反応の現われかたの時間的長短による作用の異る、生物の全機性を示標としていると考えることが出来る。

1.補法の手技
用鍼を温め、経絡に従って、指腹でよくなでる。穴を厭按する、爪を以って穴処を押える、気の来るを候う、経に従って、鍼を随にふせて、呼に従って刺入する、気を得るまで体中に鍼を留める、気来らざれば催気の法を行う、補し終ったら、吸に従って徐々に抜きあげる。抜除すれば直ちに鍼痕を揉み閉ずる、この際補の呪文を唱える。

2.瀉法の手技
用鍼はそのまま用いる(温めず)。経に逆らって循でる、穴を厭按し、爪をもって圧する、気の来るを候う、経に迎って鍼を伏せて吸に従って刺入す気の催おすを候う。気来らば患人をして呼さしめ、呼に従って抜く(この時咳をさせてもよい)。鍼痕を押手の拇示指て開くようにする。この間、瀉の呪文を口中で唱える。
目的とした補法、瀉法が行われたか否かは、刺鍼前の脈その他の身体的状態と、刺鍼後の状態とを比較して見る。目的どおりにゆかないときは、さらに鍼を施すのである。これは平衡のとれていない病体を平衡のとれた漢方的のいい方の"平人"にするためである。
次に一般にいわれている補瀉の種類をあげることにする。

参考 鍼の手入れ法、保存法、研鍼法、

鍼の手入れ、保存は鍼家にとって、もっとも必要なことである。鍼尖、鍼体、鍼の新旧、磨滅の程度、錆びていないか等について平素十分な検査をしておくべきである。鍼医にとっては、鍼は武士の刀剣の如きものである。鈍鍼をもっては病根を艾除することは出来ない。自由闊達に鍼が動かないばかりか、目的を阻碍し、生体反応の生起に対して、臨機応変に置することが出来ないからである。
鍼医として、自分の用うる鍼を十分に知っておくということは、当然のことでなければならない。良い鍼を持っていなければ、運手渋滞し、刺法に惑い、自在を欠く。用心すべきである。

①手入保存法
毎朝、検鍼、粒子の極めて細かいサンド・ペーパーか、鞣皮に紅がら(ラウゲ)をつけたもので鍼柄、鍼体、鍼尖をよく磨く。
鍼体、鍼尖の偏倚、磨滅がないかよく検査する。
鍼床も馬毛、髪毛が理想的である。精綿はこれに次ぐ。アルコールに漬けて置く方法もあるが、これは、使用時によく検査して使う。
油紙、銀紙に包んでおくもよい。湿気にあたらぬようにして、錆を防止する。殊に綱鍼、鉄鍼は錆び易いから金、銀鍼以上の注意が必要である。

②研鍼法
鍼を使う時に鍼を磨くようでは、泥なわである。使っても、使わなくとも、臨床家たる者は、毎日早朝検鍼して鍼尖、鍼体を吟味すべきである。
鍼尖の磨滅は拡大鏡で判る。磨滅せるものは製作所に依頼して直してもらうか、使ってはいけない。止むを得ない時は自分で尖をつける。砥石は油砥石(アルカンサス)でも、和紙でも、曇りガラス、那智黒という碁の黒石にする石質でもよい。又は粒子の極く細いサンド・べーパーを凹凸のない板にはったものでもよい。
これらの砥石を先の方を10度位高めにして机に取りつける。手許は机から、手前に出るようにすると砥ぎ易い。磨きかたは、右手の拇指と示指で鍼柄をもって、左手の示指で砥石の上に置いた鍼尖をおさえる。
準備が出来たら、右手にもった鍼柄を拇指と示指で廻転し乍ら、鍼尖を上下に砥石の上を滑動させる(和砥石に縦筋を引いて、この線に沿うて、上下運動をすると、やり易い)。この廻転運動と上下運動とは調律をもって平均に行わないといけない。砥石に当り方が、偏していれば、鍼尖が歪む。なおす所か、鍼を使えなくする。初めは誰でも失敗するが、馴れると段々よく出来るようになる。時々拡大鏡て覗いてみる。つけようと思う鍼尖の形になるように研ぐ、松葉、卵子、柳葉形とする。仕上ったら、自分自身の体に刺してみる。股、下腿、前腕、手、頬、舌等に刺して、その鍼尖の鋭鈍を検するのである。どこへ刺しても無痛に刺せるようなら良いのである。眼鏡なしの感研きである。このような鍼だと直刺、斜刺、横刺、自由自在に刺せる。鍼が手についたように刺せるものである。こうなると鍼を刺すに気がのってくる。鍼の道は昭々とひらけ、いつでも、どこでも、気軽に刺鍼出来るものである。


補瀉の名称 補の手技 瀉の手技
陰陽 陰病は補う 陽病は瀉す
呼吸 呼息に刺鍼、吸息に抜鍼する 吸息に刺鍼、呼息に抜鍼する(咳と同時に抜くがよい)
鍼尖 鍼を温めて用う 鍼を温めずに用う
提按 穴所を爪で強く押えて刺入す 穴所を圧せずして刺入す
開闔 抜鍼後鍼根を直ちに後揉する 後揉撚せず却って鍼痕部を開くようにする
迎随 経絡に従って鍼を伏せて刺す 経絡にさからって鍼を伏せて刺す
用捨 無痛に刺入す 多少痛みても刺入す
出内 徐刺、除抜、正気を集める 速刺、速抜、邪気をもらす
過、不及 病人の気根の弱きに弱く刺す 病人の気根強きに強く刺す
弾爪 穴所を爪で弾き、気血を集めて刺す 穴所を弾爪することなくして刺す
揺動 刺入せる鍼を少しく動揺する(催気するまで) 刺入せる鍼を大いに動揺し穴を大にし邪気をもらす
浅深 浅く刺す 深く刺す
太細 細い鍼を用う 太い鍼を用う
寒熱    
虚実 麻痺、痒は虚なり、圧いて気分よきは虚なり、これ等に用う 痛、腫は実なり、圧いて痛むは実なり、これ等に用う
子母方円 虚せる経の母を補う、円は移なり、宜なり、補気となる 実する経の子を瀉す、方は迎なり、盛気を瀉す


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施術者の紹介

鍼灸



氏名:儀間達哉

出身地:静岡県

趣味:子どもと遊ぶこと、山登り

日課:読書

モットー:啐啄同機

資格:はり師、きゅう師、薬剤師など



あんま・マッサージ・指圧



氏名:栁原一穂

出身地:埼玉県

趣味:読書、サッカー観戦

日課:お灸は毎日続けてます

モットー:今日も元気に笑顔で行きましょ~(^^♪

資格:はり・きゅう・あん摩マッサージ指圧師、気功師見習い、アロマ検定1級2級、ITパスポート、CAD利用技術者試験1級など


スーパーカブに乗ってます。
 

移転のお知らせ

現在、移転準備のため、仮施術所にて診療をおこなっています。

どうぞよろしくお願いいたします。


仮施術所: 豊島区千早4-2-6 星野コーポ301

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KOUICHI MAEDA WOODEN ENGRAVING EXHIBITION


Hokusai, Utamaro and Sharaku are known as the master of ukiyo-e printmakers in Edo period.
In addition, present day, Japan's leading woodblock print artist is Kouichi Maeda.
His solo exhibition is going to be held from today. It is a chance seeing you to the maestro.

Views of old Japan
KOUICHI MAEDA WOODEN ENGRAVING EXHIBITION

2016/ 10/15(Sat)-23(Sun) 
Open 11:00-18:00 (open every day) last day to 17:00
Artist reception, 15, (Sat) 16, (Sun) 19, (Wed) 23, (Sun)

Chiyoda Gallery
arc value 2F, 3-20-8, Takajyou, Aoiku, Shizuoka Prefecture, 420-0839 
TEL 054-271-8800


キバナコスモスと蝶


キバナコスモスが咲き始めると
蝶がやってきました


花も蝶のツマグロヒョウモンも
同じ赤黄色


眼に暖かさと歓喜の感情を与えてくれます

鍼灸の実技:第13節 九鍼の刺法

鍼灸の実技:序・目次

第13節 九鍼の刺法


 九鍼は古来鍼医の実際臨床に使用せし法であって、その起りは古い。しかもこれは、臨床上の必要によって自然発生的に発見せられたものである。 これらの鍼のうち、現行法規で使用出来ないものは、"ヒ(金+非)鍼"鑱鍼"の
外科医の使うメス様の鍼くらいであって、他の針は今でも臨床に使用して、施術の効果を奏している。著者(柳谷)はこの九鍼をその用法から3種に区別している。
 第1類 刺入せぬ鍼、円鍼、鍉鍼
 第2類 皮膚を破る鍼、ヒ(金+非)鍼、鋒鍼、鑱鍼
 第3類 深部に刺入する鍼、大鍼、長鍼、員利鍼、毫鍼
 このように、一応類別出来ると思うが、もともと鍼は皮膚、皮下に機械的刺激を与えるものであるから、以上の3種別は厳格に行われないこともある。例えば、皮膚を破る目的を持っている鑱鍼が、現行、関西方面で"小児鍼"として、"カキ鍼"と称して使用されているようなものである。


1.円鍼(員鍼)


1)鍼形
 霊枢*、九鍼十二原に《員鍼は長さ一寸六分、鍼、卵形の如く、分間を楷摩し、肌肉を傷つけず、分気を写す》とある。
 現今われわれの使う円鍼の形態は金属の円筒の一端に擬珠がつき、その尖端が少しく鋭利になっているものである。

2)実技
 円鍼実技の方法には、①補的運用と②瀉的運用とがあるが、多くの場合は擬珠の尖端で接触的刺激を与えるのが普通である。時として、基底部で押え、なでる、又は側壁でなでるなどする。

①補的運用法
10分間に30回位の速度で、余り強くなく、皮膚に衝突的刺激を与えるか、基底又は側壁でなでるのである。

②瀉的運用法
10分間に60回位の速度で、やや強めに、皮膚が白い痕をのこす程度の刺散で、衝突的接触刺激を与えるのである。時として、小児鍼の一法の如く、引っかく場合もある。

③応用
 補的又は瀉的方法は多くの場合、肌肉分間の気の滞りを除くに用いる。従って、多く標治法(一言ていえば対症的)に用いられることが多い。抜鍼困難時に副刺激法として、抜鍼後の遺感覚消散を目的にまた、神経痛、急性ロイマチス、痙攣、麻痺、シビレ感、痒み、その他の異常感覚の時、病人の訴える部分に行うのである。

2.鍉鍼


1)鍼形
 鍼の形態について、古典ののべるところでは、2つの形がある。《類経図翼》では、鍼柄と鍼体が同じ材質からなり、鍼柄に鍼体が附着する部分から、スリオロシの状の如く、研磨し鍼尖がつけられている。《古今医統》の図解ではその形態毫鍼の如く、鍼尖に露滴の状のものが附着している。この形に製造したのが、井上恵理氏の『昭和銀鍼』である。「鍼師」(鍼を製造する者を鍼師、鍼を以って疾病を治療する者を鍼医と昔は称した。今の法律による鍼師という意味ではない)所伝の鍉鍼は《類経図翼》の図にあるように鍼尖がついている。香港、台湾、フランスで見た鍉鍼も鍼尖がついている。
 《霊枢、九鍼十二原》には『鍉鍼は法を黍粟の鋭なるにとる。長さ3寸半、脈を按し、気を取り、邪を出さしむるを主る』と記されている。同じく《霊枢官鍼篇》には、『病脈にありて、気少なければ、まさにこれを補うべし、鍉鍼をもって、井栄分輸(穴)に之を取る』と記載してある。《霊枢九鍼篇》には『其身(鍼体)を大にし、其の末を員くす』とする。《古今医統》には『脈気虚少なるものは宜しく鍉鍼にすべし』と記しである。これらによって、鍉鍼に"刺す鍼法"と"刺さない鍼法"とがあるということがわかる。"鍼法"にしても"刺さない鍼法"(皮膚、皮下を員めた鍼尖で圧迫する)にしても、脈気の虚少を目的とするのである。

2)実技
 "刺さない鍉鍼"の実技は初め穴処に爪をたて、これに沿うて鍉鍼を立て爪で挿えながら鍼尖を軽度に挿え、漸次強めてゆくのである。これを"爪法"ともいう。即ち、軽気の循行が目標である、多く鍼の響、又は有感的感覚として被術者に感ぜられる。"刺す鍼法"にしでも同じである。脈気の虚少に刺して、邪気をして独り出さしめるにある。正気を漏してはならぬ。

3)応用
 大体古法でいう虚に用うるのである。従って、麻痺、痒癢、貧血、厥冷に主用するが、神経痛、痙攣、異和感覚に用うることもある。従って、"刺さない鍼法"の"鍉鍼"が便利である。フランスにもこれに類した鍼がある。
 処が、徳川時代の鍼師の所伝にかかる鍉鍼は、"刺す鍼法"として使われる鍼形であるが、これは、中国、朝鮮にも用いられた皮内に刺入するのである。その刺しようは爪法でも、撚鍼法でもよいが、気血を破り、正気を漏さぬようにすべきである。刺入の度は、実際には3~4分位刺入することである。多くは留置鍼にする。殊に、小児の病によく用いて効果がある。

3.ヒ(金+非)鍼(鈹鍼)


1)鍼形
 霊枢、九鍼十二原に『長さ4寸、広さ2分半、法を劔鋒に取る』とある。今日の外科医の使用するメスのようなものである。
 不動明王の剣の如く、柄の付いているものもある、《古今医統》。柄がなく、鍼柄と称すべきところから、鋒の4~5分上まて2分半の巾で、剣先になっているものもある《類経図翼》。どちらにしても、鍼尖がメスのごとく鋭利になって、切開に都合よくできている。

2)実技
 その使い方は全く、外科医のメスの使用方法と同じである。ただし、切るというよりも突くというふうに行われたようである。
 関西方面では、この小形のものを小児鍼として使っている臨床家がある。これには他の刃ばりと称する小児鍼と同じように、皮膚をほんの血の滲む位の程度に最も浅く切るものと、刃先ぎを横にして、引っかくものとがある。運用は前者は瀉法的であり、後者は補法的である。

3)応用
霊枢九鍼十二原に『陰と陽と別れ、寒と熱と争い、両気相博って、合して癰膿をなす。故にこれを治するにヒ(鈹)鍼を以ってす』とあるように、大膿を取り、癰膿を破りて、膿血を排出するに用いたものである。また、時には瀉血に用いた。《霊枢・終始篇》に『重舌は舌柱を刺す、鈹鍼を以ってす』とある。《刺絡血正誤》には『疥癬、臁瘡等の諸種瘡毒の皮膚にある者は、其の発し、癢きところに乗じて、鈹鍼を以って軽く、瘡の上を抓きて縦横に血を出して、膏薬を付ける。かくの如くすること数回瘳るを以って止む。癢は陽なり、浅く之を刺すとはこれなり、又結甚だしく壅り集って堅き者は深く、刺して之を取る時は形をなさずして癒るなり。若し、すでに膿に化せは、甚だよく熟するを視て之を取るべし』とのべている。
 以上をもってみるに、外科刀の如く、切開するのではなく、刺すのであるが、その形態、用途は、現行法規の禁ずる心外科刀に類するから、現代では殆ど使用されていない実状である。


4.鑱鍼


1)鍼形
 霊枢九鍼篇に『法を巾鍼にとる。末を去ること半寸、率かに之を鋭ならしむ。長さ一寸六分、其の頭を大にす』とある。この鍼の構造も《古今医統》と《類経図翼》とでは異った形になっている。《類経図翼》の形は、丁度、婦人の和裁に使う筋立てヘラのような形態で、把握する部が、肉厚くなって、且つ、円めになっている。《古今医統》の図解では、両刃小刃の如くなっている。徳川時代の医師より伝わるものは、《類経図翼》の図解のように裁縫のへラのような形をしている。関西などで、ウサギ鍼と称し、小児針として用いている形も、また、ヘラのような形をしている。

2)実技
 この鍼は深刺には用いない。《霊枢九鍼篇》にも『熱の頭身にあるを主る。深く入ることなからしめて、陽気を去り瀉す』とあるように、浅刺に用いたものである。

3)応用
 すでに述べたように、浅刺して、皮部の邪気を去り、瀉の目的に用いたものである。《霊枢、官銀篇》に『病い皮膚にあって、常の処に無きものは、取るに鑱鍼を病所に以ってす。ただし膚の白きを取ること勿れ』とある。従って、主たる応用は主に瀉法であった。
 ところが、鑱鍼を小児鍼として、用いている方法をみると、その使い方は2類に区別出来る。

A 第1類、瀉的応用
 この方法は、鑱鍼本来の使用法のように皮膚を浅く刃で切るようになでる。表皮に筋を立てる位の程度にする。従って、白線が出来る位である。時として血が滲むこともあるが、これは過ぎたのである。或は、刃の先端で皮膚に軽く且つ、敏
速に、衝突様の継続的刺激を強めに与えるのである。この方法は、小児夜泣、夜驚症、神経異常亢奮、頭痛、歯痛、上衝、赤眼、或は肩癖、欝滞、充血、炎症の初期、神経痛などに応用する。

B 第2類、補的応用
 この方法は、鑱鍼の鍼柄と称すべき円めの部分、又は刃を立てにせず、横にして、皮膚を摩擦する方法である。この方法は虚弱体質、小児消化不良、小児疳虫、小児神経衰弱、異嗜症、発育不良、不眠症等に応角する。


5.鋒針(三稜鍼)


1)鍼形
 霊枢、九鍼十二原に『鋒鍼は長さ1寸6分、三隅を刃とす』、《九鍼論》に『鋒鍼は法を絮鍼に取る、共の身を筩にし、其の末を鋒にす』とある。つまり、今の三稜鍼のことをいう。瀉法又は、瀉血に都合のよいように造られている。昔から正確に三稜に刃をつけたものと、扁平三稜、即ち、一ロが広く、他の二面は等しく、狭くなっているのとがある。日本の医師用うる瀉血鍼は扁平のものが多いがフランスの三稜鍼は正三稜形である。バネ仕掛けになっている自働三稜鍼も正三稜形のものが多い。けれども、実際臨床上鍼を扱うには扁平三稜鍼で、尖端があまり、鋭利でない方が痛みも少なく、創ロも深くならず、且つ、手技の仕方で、鍼口を大きくも、小さくも、浅くも、深くも出来る便利がある。ことに初学の者には適しているようである。

2)実技
 三稜鍼を行う場合の鍼の持ち方、手指の捌きかたにはおおよそ次のようにする。
 三稜鍼の持ち方
 鍼を刺手の中指と示指及び拇指で撮む。鍼はその鍼尖を中指頭に当て、鍼柄部を示指の中節腹上に当るようにし、拇指腹で、鍼体を押える。拇指腹は中指と示指との間に位置するようになる。深く入れようとするならば、中指頭のところにある鍼尖を出し、浅くしようとするなら、引っ込めることである。創口を小さくしようとするなら刃の二等辺の稜を中指頭に接し、大きくしようとするなら、三稜鍼の最も広い面が中指頭腹にあるように構える。更に大きく、鍼口をつけようとするなら、広い刃の面と狭い刃の面との境の稜が中指頭に位置するように中、示、拇指三指で撮み固定するのである。鍼がぐらつかぬよう、すっかり撮むのである。
 皮膚を傷つけ、(瀉法、瀉気)、又は瀉血する場合は必ず、鍼尖を皮膚に、よくやるように、垂直に、いきなり衝突的に刺し込むのてはない。いずれの場合も、中指頭を皮膚上に敏速腱間的に廻転させるか、瞬間的に廻転擦過させるかするのである。後者は、く跳鍼之法》ということがある。前者の方法が普通用いられる。

A 瀉法の仕方
 これは、血をもらす目的でなく、いわゆる気をもらすために行うことである。要は鍼尖を真皮、血管の所在まで達しめず、皮膚に刺す手技である。三稜鍼の把持の仕方は上記いずれの場合の形でもよい。血を惨ませぬように手早く施すのである。勿論、刺鍼後は後揉撚を行わないのである。

B 瀉血の仕方
 まず、瀉血をしようとする部より、少しく心臓部によったところを木綿、ゴム等で緊縛する。これらの緊縛に用いる物は上肢、下技、頭部(首をしめつける)。陰茎(根部をしめつける)などによって、太さを異にするのは、いうまでもない。が、用いてはならぬのは縄、紐の類である。最もいいのは木綿である。これらは緊縛に都合よく、危険を防止できるからである。このようなことをするのは要するに、刺鍼の目的を効果的にしようとするにほかならない。被術者の姿勢は、瀉血しようとする場所によって異なる。直立のこともあれば、座位、伏臥位、仰臥位、側臥位をとらせることなどがある。 一応準備が出来たら、目的によって、撮みようを決める。三稜鍼を把持固定する。次に被術者のロに冷水を含ませて置く。予め力を入れさすよういいおく。緊縛された部分は緊張して来る(躯幹などは、左手で、刺点に血を寄せるようにする)。そこで刺点に向って、三稜鍼を持った刺手を敏速に、瞬間的廻転刺を行うのである。この手技はほんの一瞬でなければ、被術者は疼痛を感ずるものである。終って、被術者にロ中に含ませた水を飲ませる。力を抜かせる。緊縛物をゆるめ除く、血流紫黒色なるのが紅色となるまで放血するのである。時として、角法又は玉法といって、吸玉、吸角を用いることがあるが、血の出ないのに無理に出そうと試みてはならぬ。加勢の意味で用うべきである。また血が出ないからといって、更にこれに刺してはならない。このことは固くいましめなければならない。敢えて行うことは失敗を招くもとである。施術の前後は充分に消毒すべきはいうまでもない。

C 小児鍼として使う場合
 三稜鍼を小児鍼として用うることがある。関西方面では、これをカキ鍼又は刃鍼と称している。その尖端で皮膚を接触的に刺激したり、皮上を弾くようにするのである。血の惨む程に行うのが瀉法に、そうではないものを補法という。

3)応用
 古典では痼疾を発し、熱を写し、経絡痼痺、出血、癰熱を主るとしてある。《鍼道発微》には、『三稜鍼は血絡とで、悪血とどこおり、痛み、或は痒れをなす。是を刺してその血を出す。其の病たちまち癒ゆ。また、いずれの処にでも血毒あつまり、すじの如きものあらば、是を刺して、その血をもらす、其の効あること、まことにすみやかなり。血絡は一身上下左右定まる処なし。胸腹より発し、四股に出で、指の端に散ず、人々異ることあり、道路同じからず、よくよく盛んにして、堅く張りて濁り、クリクリとして結ある者を見てこれを刺す。太くして弓弦を押すごときは濁血とし、軟かにして葱を押すごときは精血なり。凡そ壮人の血を取るは1合にして率とす。但し、結の甚だしき者は其の法に止らず4、5合を取るも亦妨げなし、衃血を尽して止む。刺絡は病人の意を安んじて後刺すべし。心のうちに少しでも疑と惑ある者は、刺すべからず。刺絡の禁、形盛んなりといえども、脱症は刺さず。外微熱ある者は刺さず。気逆上衝心するものは刺さず。諸亡血脱家は刺さず、水気あり眩暈するものは刺さず、刺して血出でざるものは更に之を刺すこと勿れ。脱証の者は、眩暈の状をあらわし、必ず気を失うべし、誤って脱気する時は胃悶す、又刺して血出で難き者ありて腫れて核の如きもの起る。これを強いて刺すときは煩悶す、刺を止む
べし、諸病結内にあるものは刺さず、然れども刺す証を出す時は亡血或は脱家或は熱ありと雖も恐るること勿れ、これを恐れて刺さざる時は病勢益々甚だしくなるなり。若し謀って動脈の上を刺せば血出てて止まず、甚だしき時は絶命す』とのべている。
 《方輿輗》に『凡そ痧に青筋、紫筋あり、或は数力所に現われ、或は一カ所に現わる。必ず須く鍼を用いて之を刺し、先ずその毒血を去るべし。
然る後に痧によって薬を用うべし』と記載しており、間中喜雄博士は『痧病は毒血を去るによって治す。痧病は瀉血の効を奏する症候群である。出血は滞を減じ、脾の作用を刺激し、新血を作らしめ、局所的淋巴組織液の溜滞を通ずるのみならず刺激によって皮膚内臓反射を喚起し、転調、消炎、鎮痛、賦活の作用を及ぼすとのべている。
 なお刺絡に関しては、丸山昌郎、工藤訓正の両医学士により好著『刺絡治療法』なる専門書にゆずることとする。

 次にその用例についてのべることとする。
①腫物
 すべて腫物には委中、尺沢より血をとるべし。或いは百会より血を出すべし。又コリある処をみて、員利鍼にて多く刺して其の気をもらせば、自然と癒るなり(鍼道発微)。
②淋病
 委中、足の指の間を刺して血を出すべし(鍼道発微)。
③青筋(はやうちかた)
 にわかに悪血せめのぼりて、一時の中に死するなり。先ず三稜鍼にて、百会、印堂、項の左右天柱、風池、又肩背のうえを穴所にかかわらず、さして血をもらすべし。又員利鍼にて手足に引くべし、徹腹、章門、気海を刺すべし(鍼道発微)。
④痘疹(ほうそう、はしか)
 ほうそう、はしか、ともに、ここかしこに少しずつ出たる時に悪血を出すべし。三稜鍼にて委中を刺すべし、この仕法荒きようなれども、ほうそう、はしか共に出かねたるに、甚だ妙なり。また百会に軽く刺して血を散らすもよろし(鍼道発微)。
⑤脚気
 血絡あらば三稜針にて血を出すべし。
⑥木舌
 舌柱の絡(即ち、金津玉液をいう)を刺して血を出すを法とす。
⑦眼病
 眼の辺りを見るに血なければ大椎の辺を見、血凝あれば之を刺し多く癒ゆ、《鍼道発微》又、《儒門事親》に『女子眼病久しく癒えざるもの、細紫筋項背より繞りて背に流連す。即ち、膏肓の辺にて筋の原とおぼしき処に針を刺すこと2、3本にして、歳余の眼疾頓に治たり』とある。
⑧小児原因不明の発熱
 爪端穴及び手足指趾の岐れ目より、発泄瀉血すれば著効あり(経験方)。

4)主なる瀉穴と其の効用
 又、穴所より瀉血することにより、おのおの効あることをのべている。
①尺沢穴
 尺沢の瀉血の準備は一般的瀉血の心得と、被術者の姿勢、心得をさせる。但し、被術者は坐位、手に力を入れさせる為に、丸竹(洗濯竹)程の太さのものを、力をこめて握らせる。術者は絡結の処をよく摩す。摩すれば結の部を知ることができる。これを目標に刺鍼する。血を止めんとする時滞①被術者の握れる力を抜かせる。②括った緊縛をゆるめる、と血流が遅くなる。もっと出血さそうとせば、前にも倍して被術者をして、力を入れて丸竹を握らせるのである。
 主治 頭痛衝くが如くして連日治せず(但し、滞血の証あるもの)、甚だしけば目くらみ、歯痛甚だしく、歯の根の筋、肩に連りて痛むものによい。或は上肢痛み重く、挙らざるによく、又は痺れて伸びず、或は肩背疼痛して、薬剤の効なきものに試む。絡脈張らずといえども刺して可なり。
壮年にして、咳血、吐血止まざるもの、上盛にしてロ甘きものは刺すべし。頭面に瘡を生じて、長年治せざるものによし、結毒の状をなし、外寒熱なく、薬剤にて之を発散せず、之を下して益なきものに刺して効あり、卒病気喘満して惛して人事を知らず、瘈聚して、振し歯をならす者を刺すべし。河豚の中毒に中り、惛昧して、薬を与え得ざるものに刺すべし、瘰癧、癭瘤形を成して未だ潰れざるによし。耳聾は血実にあらざれば通せず、盲目は痛み甚だしきにあらざれば明らかならず。並びに刺すことなかれと《刺血絡正誤》《医事啓源》などに記している。
②手背刺浅
 手背の絡を刺す、刺法は尺沢穴の場合と同じ。
 主治 眼目赤腫痛、牙歯疼痛、諸癇症、喜悲常なき者、或は婦人妊娠にて悪阻する者によし。
③膕中刺法
 膕中を刺すには患人をして、直立せしめ両脚を伸し、力を入れさせると、其の血結あるを視て、膝の上下を緊縛し、血結の脈をいよいよ怒張せしめて刺鍼す。但し、腨(腓腹筋)の円踝の上は坐りて、脚を伸して、刺すようにする。この部は大絡の通るところであり、血液渋滞し、塞ぎ易く、病結をなしやすいからである。これを刺して解結し、渋血を去るべし。但し、趹上(足背)の動脈は、むやみに刺してはならぬ。血出でざれば腫をなす憂あり。
 主治 腰股引いて痛み軽く拳らず。或は攣急して、歩行なり難く、或は痘瘡熱毒甚だしきものは見点の間に至って膕中を刺す。婦人月足らずの産をなし、経時腫痛し、或は足心(足蹠)煩熱する者、或は卒暴の諸蕨及び中暑とて、ロ禁して人事を弁ぜざるもの、又は臁瘡梅瘡血一カ所に結し集り、或は頑瘡癢痛するもの、其処に従え之を刺す。
④少陽刺法
 糸を以って示指の根元を緊縛する(糸より紐、紐より布片がよい)。示指末端に血を集めるようにし、之に三稜鍼をもって刺鍼する。この部は肌肉浅膚であるから、あらかじめ浅刺を目標に鍼尖をあまり、出し過ぎないように、せねばならぬ。
 主治 喉痺(現今の扁桃腺炎)等諸治験を得ざる者、或は頭面に乳頭の如き腫物が出るもの、或は驚癇卒倒し昏して、人を知らざるに用う。
⑤大敦刺法
 大敦穴瀉血の仕法は少陽穴と同じである。
 主治 疝気、脚気にて腹卒痛す、汗出で発作ある時、睾丸太となり、疼痛し発熱する者、或いは雀目、日哺後に矇する者、或は疳瘡痛の甚だしき者によし。
⑥額刺法
 額上の血絡は正額にあらわる。其の支別は項後に分れ、又目の両角に出るなりとす。これを刺すには、助手をして手拭いの如き縛綿をもって病人の首を纏いさせ、病人をして手を組ませ、安静にして、心気を静ませる。術者は施術の用意をしたならば、助手に1、2、3の号令とともに病人の首を緊縛せしめ、病人には吸息をなさしめて、息をつめさすべく予め三者打合せておく、号令をかけ、絡脈怒張せば術者は刺点に対し、瞬間的廻転的刺法を手早く行って、助手の手拭をゆるめ、除去する。刺し方手順よく、助手と病人と気合を合せなければ、病人をして窒息悶倒させることがあるから注意を要する。
 主治 頭脳重くして痛み、大熱譫語し、或は煩悶してその状癇症の発作の如く、或は怒り、或は喜び、其の情定まらざるに用う。或は赤眼疼痛し両角重く痛むものにはその両角の絡を取り、偏側痛む者はその偏側ある血絡を取る。又眼の内の角を循る絡あり、これは微しく刺絡すべし。血実し、絡起るものにあらざれば刺すことなかれ、(経の留脈これなり)眼赤く熱あり、大痛し、怒肉晴にせまり、まばゆくして仰ぎ視ることあたわざる者を主る。爛瞼者は抓鍼の法(瞼の裏面を刺すことである)を以って瞼の内側を刺すべし。
⑦鼻中刺法
 三稜鍼を以って鼻中に入ること1寸5分許りにて、弾いて血を出す。但し、脱家(虚証、貧血家)に血を見せるなかれ、眩暈するという。
 主治 赤眼額に連りて腫痛くて止まず、或は脳に連って苦痛する者を主
る。
⑧舌下刺法
 舌下の左右に柱あり(金津玉液)、これを挟む絡に結絡あればこれを刺すぺし、其の絡必ず盛んなり。舌を屈してこれを取る。刺法軽く、これを微しく刺すべし、血若し止まらざれば口に酢を含みて頻りに嗽すれば止まるなりとのべている。
 主治 咽頭腫痛、舌瘡、木舌、言語正しからざる者、又率かに死して九候(脈の)絶すと雖も天枢(臍部)に動あるものは舌心を刺すべし、間々蘇生するものなりとのべている。
⑨陰茎刺浅
 紐をもって(余りに細き糸は結び目解け難きを以って用いず)陰茎の根部を緊縛し、暫く置く時は絡脈怒張するものである。その絡脈怒起するものを刺す。
 主治 疳瘡腫痛くて忍びがたきもの、陰茎故なくして張り、大いに腫れるものに用う。
⑩歯鞭刺法
 歯根ならびに歯の腫瘡する所を見て、軽く歯齦の際を刺し破りて、悪血を出す、甚だしきは鶏の胆の如き黒血出るものなり。
 主治 瘀血結して、歯齦腫痛し、悪臭を発し、或は牙歯痛、牙歯浮き動き、或は歯瘡、虫喰歯の大痛によし。

 以上は《刺血絡正誤》、《医事啓源》の所伝であり、著者(柳谷)の経験せしものでもある。
 《方輿輗》『放痧有十』に"痧病"即ち瀉血を要する症候群に『頭頂
心、百会穴、印堂穴、両太陽穴、喉中両方、舌下両方、両手十指頭、両臂湾(尺沢)、両足十指頭、両膝湾(膕中)』より瀉血することが記されている。

参考


1.玉法(吸玉、吸角法)
 結を角にて之を取るには、鈹鍼(ヒ鍼)、三稜鍼を選び、患処を刺すぺし、破りて綿花若しくは樟脳を取りて、之を吸玉の内に入れ、火を放ちて急に刺したる上に合すれば、火気血を吸い上ぐ。血止まるを窺い、其の傍らを按じ、奪って之を脱す、又毒結皮裏にあって表外にあらわれず、隠れて害をなすものは、初より鍼を用いず。先ず患所に吸玉をかければ、毒結の潜む所、必ず表に浮んで表わる。その所在を視て、これを刺してのち、また吸玉をかける時は血の結去りやすし、かつ徒らに傷の失なきなり。血結襄し肌膚に紫の紋ありて、動作便ならざるものは、それに従ってこれを取る。と昔の書物に書いてある。
 この方法は日本ばかりでなく、中国、サイゴン、フランスでも行われている。サイゴンては"竹の吸角"を使っている。中国では《火管、打火管》と称している。フランスでは硝子製のもので、これは日本と同じである。また、減圧、出来るような装置をもった吸角器が、様々考案されて市場に出ている。

2.蜞鍼
 蜞鍼とは、蛭をつけて悪血を吸わせることをいう。その傷口に吸玉をつけて、瀉血と同じ効果を期待する方法である。肩癖、眼疾、痔核、欝滞に用いられる(『蜞鍼治要』による)。
 また、丹波雅忠の《医略抄》にも『水蛭にて、癌腫の毒を啗ますむ』の記載がある。
 古くから行われたものであり、現今でも地方に広く行われている方法である。

6.大鍼


1.鍼形
 大鍼とは大きい鍼、太い鍼ということである。《霊枢、九鍼十二原》に『大鍼は長き4寸、尖を挺の如くし、其の鋒は微しく員なり』と記載されている。《古今医統》には『火鍼、燔鍼』と述べている。
 現代では材質は銀又は鉄で製作される。その太さは、丁度、つま揚子か、マッチ位の太さ、釘の2寸5分位の太さのものが普通使用されている。中国、朝鮮では多く銀鍼で製作されている。日本では鉄鍼が多い、フランスやドイツでは細手の短い大鍼を使うのが、普通である。
 鍼尖は中国、朝鮮のものはスリオロシ形であるが、日本のものは、ややノゲ形に出来ている。鍼柄も多少異る。中国のものは二条の細線で、鍼体の柄の部分を巻きつけ、丁度、巻軸のようにハンダ附けしてある。日本や朝鮮のものは鍼体と同質のものであるが、これに、扱い易くするために、彫刻がしてあるのを用いる。フランスやドイツで製作されているものも、中国流の鍼柄が多いが、今は日本の毫鍼のように、柄となるべき細管からできているのも見られるようになった。これは一般的にいえることであるが、どの種類の鍼にしても、鍼尖と鍼休の弾性と鍼柄とは、その鍼の扱い方、目的によって、最も、都合のよいように製作されてあるものであって、従って、東洋の大鍼の鍼柄の長さが、フランスやドイツのそれよりも長く、鍼尖がよくみがかれているわけである。これは、手技上当然のことである。
 また、用途によって、普通の大鍼と、いわゆる"火鍼"といわれるものの区別がある。普通の大鍼は焼かぬから、柄をハンダ附けにしても、差し支えないが、燔鍼といわれる大鍼はハンダ附けにできないからである。

2.実技
 大鍼の刺法は、先ず、大鍼を体温にまで温めて行うということが大切である。このためには湯の中に人れてもよし、鞣皮で摩擦して温めても良い。そして、体温位の温度より、さめないうちに刺すようにする。押手の構えだが、爪法て行う。即ち、刺点に押手の拇指頭の爪をたてに置き、示指で拇指の力を助勢してもよく、他の三指と共に、固定圧に加えてもよい。鍼は立てた爪に沿うて鍼尖が皮膚に接触するか、せぬかの程度に構える。次に、病人をして、静かに呼吸させる。これを繰り返えさせる術者も調息静志、病人の呼吸をはかって構える。まさに、刺さんとする時押手の拇指をぐっと下圧する。刺手は同時にこれに従う。従って、鍼尖は爪と共に下圧されることとなる。この時爪より鍼尖がほんの僅かでも先に出るようでは、病人は痛みを感ずるものである。
 刺手、押手同時に下圧する瞬間、直ちに、刺手をあげる。この時、刺手はそのままの位置におく、つまり、押手が上り、刺手が下底のままの位置にあるので、刺点の皮肉はその弾力によって、上にあがってくる。即ち、皮肉が大鍼の鍼尖を向え、皮肉の方から、鍼尖にささってくるのである。
このような運手を瞬間的に3~5回位行うのである。浅く刺入しようと思うならば弱く下圧し、深く刺入しようと思うならば強く下圧するのである。刺すのてはなく、刺させる気持て行うことがコツである。
 よく練習が出来ていれば、無痛で刺入できるのである。フランスや、ドイツ流の鍼の刺し方もこのように行うのである。また、打鍼流にこの大鍼を槌で叩き込む方法も時に用いられる。
 大鍼を火で焼いて使用する。いわゆる、火鍼は特殊のもので現今殆ど用いるものがないし、またむやみに行うことは危険であるが、昔はよく使われたものであることは文献をみればわかる。

3.応用
 大鍼の応用については、"霊枢、九鍼十二原"に『機関の水を瀉す』《霊枢、官鍼編》に『水腫を病みて、関節を通ずること能わざるものは、取るに大鍼を以ってす』とある通り、水症時の水腫ことに、腔水症に用いたもののようである。
 その後、細めの大鍼は中国、朝鮮、ヨ一ロッパの鍼医が、しきりに、用いた。東洋では朝鮮の《臓珍要編》や、日本水府の《西村流伝書》の四肢要六鍼法(これにより獅子流と称した)。フランスの"huit Points cles"(鍵の穴)などの応用にはこの大鍼が、殆ど、万病に用いられた。中国、朝鮮、日本は経文にあるような長さ、即ち、長さ、4寸のものである。フランス、ドイツのものは全長5分~7分位のものが最も多く使用されている。
 この長短の別は、手技の如何によって、こうなったものてあって、東洋では刺入、刺入後に鍼を操作するため、長いのが便利であり、フランス、ドイツは留置鍼として使うため鍼柄も鍼体も短いのが便利であるからによる。


参考


1.火鍼
 火鍼とは、焼き鍼ということである。焠鍼、燔鍼、煨鍼、刧鍼、焼鍼などともいう。"鍼灸聚英"による焼き方は『麻油をもって盞を満し、燈草を多くして之を撚し、烈火をあつめ、鍼を焼く。焼いて、ことごとく紅くす。紅からざるものは反って、人を損じ、病を去ること能わざるなり。焼く時は鍼頭よりして、下に垂らしむ』とある。著者(柳谷)は30年ばかり前、この技術を行う鍼灸臨床家の実技を実際に見たことがあるが、大鍼が全部灼熱し、鍼の表面より、粉が落ちるまで、焼かなければ、大害を及ぼすと語っていたことを今でも記憶している。
 真紅に焼けた鍼の柄を布で巻き、そのさめないうちに、定めたる刺点に刺入するのであるが、この時術者は端正沈着に意を決して差誤することなく一定の目標まで刺入するのである。一定の目標とは、浅くともいけない。深ければ猶いけない。そればかりか、害を及ぼすものである。病処に適中せねばならぬ。"鍼灸聚英"には風虚、腫毒、解肌、桃毒に用うと記載している。また、癱瘈、緊堅、結留、寒核、奔豚、風湿寒の邪経絡に中れるものに対し、其の邪を外発せしむるに用いた。"和漢三才図会"には『焼て腐肉に点ず、灸に代える。瘡の色正紅なるものは用いず』とある。著者(柳谷)の見たのは癰毒発背の化脳部、癥塊久積の病人に対して行っていたのであった。いずれの場合も、病巣部以外に達するように刺入してはならない。

2.温針
 温針は"鍼灸聚英"によれば楚人の法であるという。『穴に針を刺し、艾をもって、針上を覆い、之を蒸温す』というのである。この際、香白芷をもって円餅をつくり、これを柄頭につけ、その上に艾をもって熱するともあるが、いま世に行われている"灸頭針"というものは、この温針ということが出来る。
 灸頭針は普通の毫針の形をしているが、鍼柄が特別に製造されている。即ち、鍼柄が二層になり、下層で鍼体を噛みつけ、表層の金属板でその表面を包んでいるのである。これは、普通の毫鍼では鍼柄となるべき細管内に鍼の鍼根(鍼脚ともいう)を挿入し、ハンダづけにするのであるが、これでは、鍼柄を焼くので、ハンダが溶け落ちたり、鍼柄が焼け落ちて、用に立たないからである。古典では『通気主補』とある、実際、臨床で用うるは3~4番針の寸3~寸6が、最も、便利であり、その応用も、腰部、腹部、四肢等広く用いられる。腹部疾患、腰腹部などの冷症に腰部の腎兪穴、志室穴に温針すれば、腹部まで温暖となり、腰部以下の冷感も軽減することがある。骨盤内臓器の疾患によく用いる。


7.長鍼(古今医統の跳鍼)


1.鍼形
 霊枢、九鍼十二原に『長針は長さ7寸、鋒利くして、身薄し』とある。長鍼は長い鍼ということであるが、長さのきめは7寸というのが法である。現今長鍼を使うものは大抵3~5寸位のものである。そして、これくらいの長さで、大抵、間に合うものである。
 押刺法を主張した"鍼術秘要"の著者、坂井梅軒は、経絡を斜鍼する関係上、長鍼を使った。近くは大久保適斉氏が、5寸位迄の長鍼を使った。これは、深部の交感神経、内臓を目標に刺入したからであり、その流れを汲む大久保流の人々は、大抵、長鍼の使い手であった。
 ただここで古典にある『鋒利身薄』という文字であるが、これは扁平の鍼ということである。徳川時代の鍼師所蔵、実物見本は矢張り、扁平に鍼体ができていた。しかし、今は丸いのを使うのが普通である。
 元来、長い鍼であるから、勿論、無管鍼刺入法で刺入する。従って、鍼尖が余程鋭利にされる必要がある。松葉よりも、もっととんがっている方がよい。"柳葉形"が適当である。刺法も押入法が古典的鍼形のものには適することになる。

2.実技
 まず穴処を定め、被術者をして、極めて楽な姿勢を取らせ、安静呼吸をさせ、身体の何処にも力を入れさせないようにし、且つ、術者は被術者の上肢、下肢の抵抗を検する。
 力が入っているような所に対しては、被術者に注意して力を抜かせる。
 次に術者は、刺鍼の、心得に従って、気海丹田に力を入れ、気構え、体つくりをし、姿勢を正す。しかる後、穴所を爪し、いわゆる、気の動きをうかがう。被術者の呼吸をうかがい、補瀉に従って、蚊虻の如く押入する(扁平の鍼の場合)か撚鍼の法で穿皮する。この際、鍼が、4~5寸なら、鍼柄を撮んで、刺入することが出来る。5寸以上になれば、鍼体を撮んで穿皮してよい。又押手を刺手に従わせて、運動し乍ら刺入することもある。昔はこれを息づくといったものである。坂井梅軒のような押刺法で刺入する時は、皮膚を撮み上げて穿皮するか、鍼尖を圧えつけて穿皮するかである。一定の目的まで刺入せし後、被術者をして、自働的に運動させるか、術者が他動的に運動させる場合がある。
 長鍼は、大抵、銀鍼か鉄鍼で、斜鍼か横鍼に刺入するのが常である。

3.応用
①腸疝痛、下痢
 腸疝痛、下痢に第三、第四腰椎間外方に3~4寸、少しく外方に開き刺入する(大久保流)。
②胃、肝疾患、尿分泌促進
 これに対しては、第2、第3腰椎間外方に2~3寸刺入し、太陽叢に反射的刺激を与える(大久保流)。
③膀胱、子宮の疾患。痔、便秘
 刺点は第四腰椎外方と仙骨翼との間に2~4寸刺入する(大久保流)。
④坐骨神経痛、下肢後側病
 坐骨結節と大転子との間に3寸~5寸刺入(大久保流)また、第五腰椎下外方4横指腸骨稜の上縁に3寸~5寸、内下斜鍼に刺入、下肢へ鍼響を与える(力鍼とも称す)。又、下肢後側の承山穴に3寸~4寸上斜鍼、膝関節の屈伸運動をさせる(近喰流)。
⑤強度の肩引
 3寸内外の鍼を用い、コリを目標に速刺速抜する。コリを刺し、貫くようにする。或は僧帽筋の前縁からコリの下部を標的として4寸内外の鍼で、後方に向けて刺入し刺激を与える、手技は乱鍼法になる。ただし、このように刺鍼した後に、必ず、"引き鍼"或は"直しの鍼"と称する周囲又は上肢、下肢への軽軟な弱刺戟を与えておくことである。そうでなければ、刺鍼前よりもひどくコルことがある。
⑥長鍼による温鍼置鍼
 病気病処によって穴所を定めるが、躯幹に殊に腰腹部に2寸~3寸の鍼を刺し立て、置鍼し、その鍼柄(特殊の構造に製作す)に艾をつけ、これを撚焼さすのである。これは、大正時代から行われている。
⑦卵巣嚢腫
 患者を側臥位とし、腰部の腎兪穴、志室穴、帯脈穴及び反応点に3寸~5寸の鍼を刺入し、10分間位充分に運鍼する。即ち、刺鍼転向法を行うのである。ただし、腹診して、病巣甚だしく硬きものは刺さず(太田流)。
⑧腹痛、腹部疾患、
 夾脊穴(脊際穴)上で反応点を求める。これに2寸~4寸の鍼を直刺する。腹中に鍼響があるまで刺入して鍼響を与える。鍼響なければ効果少し(華陀鍼法と称せられている)。
 このほか、昔は吉田流(吉田意休創始)、匹地流(山陰地方に所伝)、大明琢周流(明人、琢周創始)などは長鍼を主に用いた。これら長鍼は病人の体格大肥満の者にはどうしても使わねばならぬことがある。


8.員利鍼(露鍼)


1.鍼形
 霊枢、九鍼十二原に『員刺鍼、長さ1寸6分、大きさ釐の如く、員く且つ鋭し、中身徴しく大なり』と記載している。『類経図翼』には『今医常に之を用う』とあって張介賓時代には、この鍼がよく用いられたようである。員利鍼を露鍼というのは鍼柄が露滴の如く珠状をしているからである。毫鍼とこの員利鍼との相異は鍼柄の部分が異るという点と、毫鍼は鍼脚、(鍼根部)から鍼尖まで同じ太さなのに、員利鍼は中身微しく太いという点である。徳川時代以降の鍼師の九鍼式はこのように製造されている。鍼柄の部分が露滴の如くになっているということは、刺手の拇指、示指の加える力が、ちがった角度から加わるにしても、鍼体は刺鍼部に対し、刺鍼部の方向に刺入されることになるという利点がある。

2.実技
 員利鍼の鍼の構造が鍼体部が微しく太いという点から毫鍼のように鍼体部において曲り易くないということである。従って、劇しく扱い易いことになる。けれども、中身微大であるから、途中で刺し憎くなるということを知っておかなければならぬ。員利鍼を最もよくした先人に葦原検校がいた。その著《鍼道発微》に『今世に行うところは毫鍼のみにて員利鍼の術を知らず』と述べているが葦原検校生存時代、すなわち我国天保時代には、すでにこの方法が、すたれかかっていたことを、物語っている。員利鍼の実技は、押手を軽く穴所につけ、深く刺入れては引きあげ、また刺し入れては引き上げ、鍼口をゆるめ、左右前後、深浅前後、鍼をして自由自在にする。く鍼道発微》に「かくのごとくする時は、其の気のいたること動脈のかたちのごとく、又釣針へ魚のかかるがごとし、意をもって、是をうかがい、遠くめぐらす時は、例えば腰へ立つはり、手足へ響く、其のかたち、いなづまの如く、花火のごとし、又久しくとどめて進退する時は、其の気の往来すること炮玉の発するがごとし、其の響きは総身に通ず、其の術まことに妙なり、かかるが故に邪を瀉し、精を整得うること自在を得べし、これ員利鍼の法なり』とある。員刺鍼を瀉法と"補法"の両方に用いた。
 現代日本の製鍼家には、とくに依頼すればともかく、この鍼を製造発売しているところは皆無である。であるから、員利鍼の代用として、鍼体弾力に富む綱鍼を使っているけれど、中身微大でないので、いささか作用を異にすることとなろう。

3.応用
 霊枢、十二原篇、管鍼篇、九鍼篇などに員利鍼は、『暴気を取る』『暴痺を取る』『痺気暴発を取る』『癰痺を取る』などとのべている。《古今医統》には『陰陽を調え、暴痺飛経走気を去る』と記してある。これらによって、補法、瀉法に用いられることがわかる。が、どちらかというと、その構造からいって、瀉法に便利にできているとみてよい。したがって神経痛、痙攣、気附鍼に最適である。次にその用例をのべる。
①活の鍼
 先ず員刺鍼にて、痞根、陽稜泉をつよく刺すべし(鍼道発微)。
②中風
 先ず員刺鍼にて手足を多くさし、痞根、章門の辺、穴所にかかわらず肩、脊中をあさく多くさすべし(鍼道発微)。
③腫物
 コリある所を見て員利鍼にて多く刺して、共の気をもらせば自然となおるなり(鍼道発微)。
①口中歯痛
 員利鍼にて頬の内を多くさして血をもらすべし(鍼道発微)。
⑤筋痛
 筋痛むには員利鍼にて、痛むまわりをさして抜き、また刺しては抜き、度々する時は、その気散じていゆるなり(鍼道発微)。
⑥肝症
 肝症はすべて気のとどこおりより生ず、あるいは熱し、あるいは寒し。手足しびれ、筋引きつり、その甚だしきに至っては、気せまって、物をいうこと能わぬなり。項肩背の内を多く刺して気をもらし、後痞根、章門を深くさして、手足に強く響かすべし、みな員刺鍼をもってすべし(鍼道発微)。 以上は多く"瀉法"としての運用であるが、《鍼道発微》に『員利鍼は補あり、瀉ありと知るべし』とのべているように、その軽柔、強剛な運用により、補法、瀉法として用いられた。

9.毫鍼


1)鍼形
 霊枢、十二原篇、九鍼論篇に『毫鍼は尖、蚊虻の喙の如く、長さ1寸6分』とある、これが定法である。その構造は次の如くである。

①鍼柄(軸、竜頭)
鍼体の附着する部の細管を鍼柄という。鍼根(鍼脚)の挿入してある部分をいう。刺指の操作には最も重要な部分である。定法では曲尺で長さ6分、直径5厘である。が現今はこの定法道、理に作られていない。又昔は鍼柄に種々な模様をつけたり、彫刻したりしたもので、これは、流派によって定っていた。ヌメ軸、巻軸、俵軸、彫り軸などがあった。例えば、杉山流では金又は銀製の俵軸を、吉田流では銀製のヌメ軸、または巻軸を用いる。中国の鍼柄は図のように、鍼体に細線を巻ぎつけたものが多い。長さも2寸以上のものがある。撚り易いからである。朝鮮の鍼も、大体長く彫り軸、巻き軸、が多い。フランスやドイツ鍼柄は長さ3分位から6分位まであって巻き軸かヌメ軸、縦スジのものがある。これらはいずれも鍼のこの用い方に好都合なように製造されてある。
②鍼脚(脚、鍼根)
 鍼線が、鍼柄に挿入し、附着するところをいう普通は、鍼管にハンダを入れ、これに入っている部分は、製造家によって、異なるが、4分内外である。ただし、温鍼の鍼脚は内筒に曲げてある。これはハンダを使えないためだ。鍼ことに朝鮮の大鍼や中国の鍉鍼などは一本の材質から柄と体と尖をつくるので鍼根がない。日本の無分流の打鍼法のも同様になっている。
③鍼体(鍼身、穂、鉾、鍼鋒)
 鍼と尖と鍼根との間の部分をいう。この部の弾力は鍼の技術を行うに、大変重大である。大体は均等になっている筈だが、出来によっては平均等なのもあるから、新らしい鍼だといって、安心は出来ない。また、正円でなく扁平のがあったり、割れそうなのもあることがあるから、使用前によく検査することと、研磨してつかうようにする必要がある。
④鍼尖(頭、穂先)
 鍼体の尖端をいう。鋭利にみがかれている。昔は、流派によって、ちがったものである。杉山流は松葉、吉田流はノゲ、打鍼流ではスリオロシ形であるように種類があるが、これも用途によって、このような、違いが出来たものである。
 拡大鏡で検すると100回位用いた鍼尖は、その尖端が、思ったより磨滅することが判る。だから、時々、鍼尖を研いで常に鋭利に、松葉形なり、ノゲ形なり、柳葉形にしておくようにしておくべきだ。

2)実技
 霊枢の諸篇には、『静かに以って徐に往き、微かにして、以って久しく留め、養うて(気を)以って、痛痺を取る』『寒熱痛痺、絡にあるものを主る』などという。管鍼法以前は、毫鍼を、もっぱら補として用いた。撚って入れたものである。穿皮がこうてあったばかりでなく、刺技においても、静刺徐抜、微にして久留させるというように正気を養うべく使った。葦原検校もその著《鍼道発微》で『毫鍼の術は大補と知るべし』とのべている。九鍼用例と比較してみると、毫鍼は、その発生起源からいって、最後的のものと考えられる。生体に対する、いわゆる生気的思考"経絡観""気血運行"という。形而上的な考えが導きいれられてから、この毫鍼運用というものが、いかされてきた観がある。
 実技としては、徐刺徐抜が本来的なことになる。《杉山三部書》にもいっているように『鍼を撚るの心、蓮の藕をもって、鉄石を穿つが如く撚り抜くが如し』とのべであるように心得るべきである。
 管鍼法には、既述したように、腠裡の術に欠けている。即ち、皮膚を目標とする術がないということになる。同じく毫鍼を使うのであるが、弾入のために、皮膚刺激が目的にかなわない事になる。同じ毫鍼でも撚鍼で行えば、皮膚に対する刺激の与え方が自在である。この点が毫鍼のとりえであろう。
 又、押入法、爪法にしても、皮膚への術である。今様にいえば自律神経へ作用を及ぼすということになる。詳細な実技の方法については上節においてのべておいたのでここには省略する。

3)応用
 日本の鍼家の使用する鍼は殆どこの毫鍼ばかりであるといえましょう。
 元来"補法"の作用を与えることを使命とする。この毫鍼を3寸、4寸5寸と長くして、長鍼の用途に用いたり、あるいは寸3といって定法の1寸6分より短鍼にしたりというわけで、いわば乱れています。従って毫鍼で、種々雑多な病症に、一律に使って、効を収めようとの考えは無理になるでしょう。よくよく思案すべきものと考えられます。



ポーチュラカとミツバチ

今の時期、ポーチュラカがきれいに咲いています。

 はじめは小さな株でしたが、数か月で何倍にも大きく成長し、たくさんの花をつけました。

 今日はミツバチが蜜を集めにやってきました。

鍼灸の実技:第12節 身体各部の刺鍼法

鍼灸の実技:序・目次

第12節 身体各部の刺鍼法


 身体各部はその部位において、構造組織に各々異りあり、殊に躯幹部にはその内部に種々な貴要臓器、神経、血管があるので刺鍼は慎重な注意を払って施さねばならない。

1.上肢における刺鍼の実際

 上肢外側にはさほど貴重な神経、血管はないが、内側には尺骨神経、上腕動脈、尺骨動脈等があって、拙術、太鍼、乱暴な刺鍼は、神経麻痺、出血、溢血、血瘤、血腫等不慮の刺鍼過誤を来すことがあるから、慎重な注意がのぞましい。

1)手部の刺鍼法
 手部は皮膚、筋肉浅く僅少である。しかし、指端は感度鋭敏であるから初めから過度の刺激を与えぬよう。管鍼法の弾入に際しても撚鍼法に際しでも、極めて軽刺激を与えるよう最深の注意を払って刺鍼すべきである。ことに、病体によっては、異常に興奮しているものがあるから、知覚の感度を予め予知して行うようにせればならぬ。これには曲池穴の如きところに、軽軟に弾入を行ってみて、その感覚の度合、反応の程度を察し、然る後、手部への刺戟度を決めるようにするがよい。患者の体位は術者の施術がし易くして行う。

2)前腕の刺鍼法
 手部の刺鍼時と同じように、技術者の感度を測ってから刺鍼するようにする。内側の皮膚は外側の皮膚より薄いのが普通であるし、大神経、血管があるから、注意すること。体位は術者の膝上に前腕を置くか、被術者を仰臥させて、前腕を伸展し、術者は施術し易い姿勢で行うのが一般的であるが、穴により、病名により、特殊の姿勢をとらせることや、その姿勢のままで行うことがある。

3)上腕の刺鍼法
 上肢の一般的注意を守って施術する。殊に、上腕の内側には、上肢に分布する三主要神経及び上腕動脈が、走行しているから、これらに刺激し、甚だしい刺激を与えないように注意する。技術者の姿勢は側臥又は、仰臥の姿勢をとらせ、術者は施術し易い位置をとって施術する。

2.下肢に於ける刺鍼の実際

 下肢も上肢と同様、内側には大血管、神経がある。従って上肢同様、内側刺鍼は注意して施術せねばならない。

1)足部の刺激法
 足部の施術に当っては、その刺鍼点の部位によって、被術者を仰臥、伏臥、時として、側臥の姿勢を取らせる。術者は施術し易い位置を占めて施術する。しかし、特定の刺鍼点の決めようがある時、例えば、穴の取穴法のある時は、その方法に従う姿勢を取らせて施術する。足背には足背動脈があるので、その部の刺鍼には特に注意深く施術すべきであり、足趾は刺激に対して鋭敏であるから刺激過度にならぬよう心懸けねばならない。

2)下腿の刺鍼法
 下腿の刺鍼法も一般的な下肢の刺鍼の注意に留意して行わねばならぬ。特定の穴の取穴法があれば、その取穴法どおりの足の位置を取らせるが、多くは、仰臥位又は伏臥位にするのが普通である。内側部の刺鍼の注意は上述の通りである。又下腿後側には、腓腹筋があって、これに、あまり強い刺激を与えると痙攣をおこすことがあるから、刺激過度にならぬように注意する。足関節部、膝関節部の深刺は長時間遺感覚を残したり、時に運動障碍を伴うことがあるから、充分気をつけねばならぬ。

3)大腿の刺鍼の実際
 下肢一般刺鍼の注意に留意する。大腿内側上部、殊に荒径部には大血管である股動脈、および股神経があるのて注意を要する。
 被術者の体位は仰臥、伏臥、側臥にとらせ術者は施鍼に最も都合のよい位置を占める。

3.躯幹における刺鍼の実際

 躯幹には胸腔臓器、腹腔臓器、骨盤腔臓器があり、刺激に対して鋭敏な肋間神経、胸膜、腹膜があるから刺鍼殊に深刺を目的とする時は四肢よりも、一層注意を怠ってはならぬ。

1)背部の刺鍼法
 初学者、技術拙劣なもの、乱暴に刺鍼する者が、肋間神経痛、呼吸困難、心悸亢進、貧血、胸膜炎などを起す例が少なくないのは、此部への刺鍼が、不適当であったり、過度であったりするための刺鍼過誤である。甚だしいのは、乱暴な深刺によって気胸を起したと報告されている例もあるから、充分の上にも注意し、太鍼、深刺、乱暴刺鍼などは厳くいましめなくてはならぬ、被術者の姿勢は坐位、仰臥、伏臥などが用いられる。

2)腰部の刺鍼法
 腰部は背部程危険はないが、腹腔内臓の貴要器官である腎臓、脾臓等が、背側に寄っているので、よく解剖的知識を心得て施術せねばならぬ。又大久保適斉氏の自律神経刺鍼の手技も提唱されているが、これとても充分な慎重さで施術さるべきである。施術時の体勢は、座位、側臥、伏臥等刺鍼に、最も都合のよい姿勢をとらせる、術者もまた、施術し易い位置で施術するようにする。
 大久保適斉氏は腰椎第1~第3横突起間を目的に2寸~2寸5分を刺入し、腹部内臓手術として、太陽叢(内臓動脈軸叢及び大小内臓神経)の支別を刺激伝導し、胃肝の機能、子宮機能に作用を与え、尿の分泌、腸の機能(下痢便秘)に影響を与える。殊に直腸に影響を与えるには腰椎下位に4寸刺入すると、その著『手術篇』に述べている。
 実地臨床家たる熊本の鍼医故尾田喜八氏は右側卵巣嚢腫にて、医師より切開剔出を要すると診断せられたる病人に対し、腰部に3~4寸刺入し、治療せしめた実験を報告している。又、坐骨神経痛に際し、腸骨稜後縁と腰筋との間隙(力鍼点と称す)に内下方に鍼路を向け3~4寸刺入して、坐骨神経の全経路に鍼響を感ぜしめて治癒することがある。これらは腰部の深刺の例だが、慎重に施術すれば、害なきのみならず、治効をあらわすことが知られている。

3)胸部の刺鍼法
 胸部刺鍼時も躯幹における一般的注意を充分心得て行わねばならないことはいうまでもない。くれぐれも拙劣、暴術を加えて、肋間神経痛や胸膜炎を起させてはならない。施術の姿勢は被術者の安定を考え、仰臥位または、側臥位が最もよい。が疾病と穴所によっては坐位を取らせることもある。術者は最も施術し易い位置を占める。胸部は呼吸によって、胸廓の運動があるから、呼気時、吸気時を計り、思わざる刺鍼刺激を被術者に加わらぬよう注意せねばならない。このためには、随鍼術などの手技が適当である。古は時として、肋軟骨を透して直接胸内目的の部位に刺鍼刺入したこともあったが、初学の者はよく習熟せずして、むやみに、真似るべきではない。又強心を目的に乳根穴、大包穴から心臓を標的に(内職刺鍼)刺鍼する例もあるが、これも、みだりに真似るべきではない。

4)腹部の刺鍼法
 腹部刺鍼時も胸部刺鍼時と同様、躯幹刺鍼時の一般的な注意事項を充分心得て施術せねばならない。
 ことに、刺戟に鋭敏といわれる腹膜及び腹腔内臓々器が腹筋不に種々あるのだから、それらに対する内臓直接刺激は出来れば避けるようにすべきである。被術者の体位は仰臥位が最も安定の姿勢であるが、時として、施術の都合、疾病、病人の好嫌により側臥位を取らせることもある。術者は病人の体位に従って、最も施術し易い位置を占めるようにする。時として、腹部に深刺する臨床例が報告されている。便秘に対し臍の右外下方、2.5横指の部に直鍼で2.5~3.5寸刺入し肛門への鍼響を期待することもある。大久保適斉氏は膀胱に影饗を与える目的て恥骨縫全上際都曲骨穴)より下斜方に1.5~2.5寸刺入すると記載している。著者の実験では不容穴に3寸の鍼を直刺入し、胃の運動をX線により研究したことがあるが、これらは参考にのべておく。

4.頭都政ぴ頭部における刺鍼の実際

 頭部を顔面部及び頭蓋部に分け、刺鍼には多少その趣きが異る。顔面部は見えるところであり、鋭敏な神経、表在血管などがあるので、刺激過度、出血、溢血、血腫などにならぬよう深甚の注意を払って、慎重に、細鍼をもって施術せねばならない。
 頸部は顔面より一層、脳と躯幹とを連絡する大切な諸神経血管の通路であるから、刺入に際し、分毫の動揺に対しても瞬時も注意を怠ってはならぬ。出来るだけ細鍼を使用するに、こしたことはない。

1)顔面部の刺鍼法
 上述の一般的注意事項に留意して、施術すること、殊に側頭動脈の搏動部及びその附近の刺鍼は注意せねば出血、溢血等を起し易い。頬部もこれに準ずる。下顎部は差程の用心もいらぬが、上、下歯槽神経を不要に刺激して神経痛、麻痺を起した例もあるから深刺、暴術には注意すること。眼窩部の刺鍼も臨床実験報告があるが、これも充分熟練して自信がついて後行うことである。上歯痛に対し上関穴へ下方刺入を、下歯痛に対し頬車穴へ前方刺入、深度は1寸~1.5寸位の刺入により、治効をあげることのあること、鼻塞、鼻炎、蓄膿症に印堂穴下方斜鍼鼻中鍼響により、良効を得ることがあることは参考に知りおくべきことである。刺鍼時の被術者の姿勢は仰臥位が最も安定している。

2)頭蓋部の刺鍼法
 頭蓋部の刺鍼は、初生児、幼児の大泉門部及び頭蓋縫合部は忌禁すべきはいう迄もない。成人にありては強靭な帽状靭帯によって被わるる故、危険は少ない。けれども直鍼によって余り太い鍼、骨膜、骨質に達する暴術は長時間遺感覚を残し、或いは必要以上に刺激局部の組織を損傷する原因となるから注意を要する。頭蓋部は多くの場合、斜鍼又は地平鍼に刺入するのがよい。
 百会穴*に双鍼とて、一穴に二本斜鍼して、肛門の病を治したという記載がある。
 また、屍体の骨と異り、生体の骨は刺しようによっては貫通できるものであるから、このようなことは知っておくべきである。又頭部には相当所謂、『禁穴』がある。現今その科学的根拠が不明のままになっているが、しばらくは古人の示教通り、禁ずべきものと考えられる。施術の姿勢は坐位で施術することもあるが、時として、脳貧血を惹起することもあるので、被術者は仰臥位又は側臥位が最も安定している。術者は被術者に対し最も施術し易い位置を占める。

3)頸部の刺鍼法
 頸部の刺鍼法は身体他部の刺鍼法に比して最も慎重な注意を払って行うべきである。それは、総頸動脈、内頸動脈、外頸動脈及び同名静脈の如き大血管、迷走神経幹、交感神経叢又は節、腕頭神経叢などの貴要な神経、喉頭、気管、肺尖部などが比較的浅在の部位にあるばかりでなく、これ等は刺激に極めて鋭敏であり、且つ、この部は脳に近く、反射によって、全身の器管、組織に広範囲な影響を与えるからである。従って、拙劣、暴刺のないよう、深刺、太い鍼の使用には十二分に、用心せねばならない。殊に人迎穴、扶突穴、水突穴の深刺、天突穴、気舎穴の下斜鍼、欠盆穴の暴刺は戒心を要する。近時、総頸部動脈洞或は毬を目的とする刺法が行われているが、この際にも同様慎重な用心が必要である。しかしながら、先人臨床家は頸部刺鍼に際して、鍼尖に循行する気血の動きを、手指に察しし、気至るならば、動揺し、進めず、その気の往来を見よと、いっている。
 頸部に刺すには、押手を用いず、毛鍼を用いて、刺手のみにて刺さねば、気の往来を知ること能わずとも云いのこしている。これは味わうべき言である。生体反応を察し、過量急激の刺激を与えてはならぬということである。
 頸部刺鍼にあたって、被術者に仰臥又は側臥をさせ、時に枕をさせずに行う。術者は、施術し易い位置を占める。刺鍼運手に際しては調息静志、他念なく、被術者の呼吸を計って行うべきである。
 後頸部刺鍼は前、側頸部程ではないが、ここにも、刺鍼に鋭敏な椎骨動脈があるから拙劣暴刺によって脳貧血などを起すことがある。
 要するに、頸部刺鍼は百錬自得、練習稽古を積みあげて、慎重の上にも慎重に行うべきところである。


旧江戸川乱歩邸:近隣の見どころ・観光

旧江戸川乱歩邸


 きっと多くの方が若かりしころ、少年探偵団や明智探偵の活躍に胸をおどらせ、怪人二十面相の策略にハラハラドキドキした経験をお持ちだろうと思います。その作者、誰もが知る日本の推理小説の第一人者、江戸川乱歩の邸宅が、立教大学の管理のもと、現在も保存されています。

旧江戸川乱歩邸 母屋

江戸川乱歩(1894-1965)

本名、平井太郎。明治27年10月21日三重県に生まれ、名古屋で育つ。
 早稲田大学で経済を学びながらポーやドイルを読む。さまざまな職業を経験した後、大正12年に雑誌「新青年」に「二銭銅貨」でデビュー。
 昭和2年までに「D坂の殺人事件「人間椅子」「パノラマ島奇譚」などを執筆する。休筆を挟んで「陰獣」「芋虫」「孤島の鬼」「押絵と旅する男」等を発表。
 昭和4年の「蜘蛛男」より娯楽雑誌に長編を連載、「魔術師」「黄金仮面」「黒蜥蜴」など。
 昭和11から「怪人二十面相」を少年倶楽部に連載、少年探偵のシリーズは晩年まで続く。
 同時期から評論も多く手がけ、「鬼の言葉」(昭和11年)「幻影城」(昭和26年)などにまとめられる。
昭和22年、探偵作家クラブ結成、初代会長に就任。
 昭和30年、乱歩賞を制定。
 昭和32年から雑誌「宝石」の編集に携わる。
 昭和38年、日本推理作家協会が認可され理事長に就任。
 昭和40年、7月28日脳出血のため自宅で死去。


 乱歩は1912年(大正元年)に上京して以来、東京市内各所を転居しました。一年ほど芝区車町に住んでいましたが、京浜国道と東海道鉄道線に近かったため、乱歩の二階の部屋は、終日終夜、轟々と鳴り響き、安眠できず神経衰弱になりました。また乱歩は、車町に越してくる前、鼻の病が悪化し、千葉大学に入院し、鼻茸だけは切除したのですが、この一年で増悪したため、立教大学の隣にある地、豊島区池袋三丁目一六二六番地の家に引っ越してきました(現在の豊島区西池袋3-34-1)。乱歩はこの住居をたいへん気に入り、増改築を繰り返しながら、昭和40年に亡くなるまで過ごしました。


母屋は二階建てに改築されています。


応接間とマントルピース


乱歩の机


住居には土蔵が隣接しています。


土蔵は、2003年に豊島区指定有形文化財に指定されました。


乱歩の膨大な蔵書は、土蔵内部にいっぱいに保管されています。


土蔵以外にも、母屋内の書庫、立教大学図書館にも分散して保管されています。


展示中の『黄金仮面』の台本と宝塚舞台宣伝用仮面など


乱歩の愛用品、メガネ、文具、ベレー帽




栗原遺跡の竪穴住居跡(練馬区登録史跡):近隣の見どころ・観光

栗原遺跡の竪穴住居跡(練馬区登録史跡)


東京都練馬区氷川台1丁目3
都立城北中央公園内


 栗原遺跡は、昭和三十年(一九五五)に立教学院総合運動場造成の際、発掘調査された遺跡で、このあたりの旧小字名栗原を遺跡名としたものです。

 昭和三十年から三十一年にかけての調査では、赤土(関東ローム層)の中から、黒曜石製の打製石器が出土し、今から一万年以上前の旧石器時代から、この地で人々が生活していたことがわかりました。また、縄文土器が出土すると共に、弥生~平安時代の竪穴住居跡が発見されています。このあたりは、石神井川と田柄川に挟まれた台地であり、日当たりもよく、生活に欠かせない水の得やすい土地であったため、長い間、人々が生活していたことが偲ばれます。

 復元された住居跡は、八世紀初め頃(奈良時代初め)のもので、昭和三十二年(一九五七)東京大学教授、藤島亥治郎博士の設計により建てられたものです。発掘された竪穴住居跡は、地表から約五十センチメートルの深さに掘られ、北側に粘土のかまどが築かれていました。柱穴は四箇所あり、復元の際には、径約二十一センチメートルのケヤキ丸太を主柱にし、梁・桁にスギ丸太を用い、カヤを葺いて復元しています。

 この復元住居跡は、奈良の都の華やかさにくらべ、当時の地方農民の暮らしぶりがどんなものであったのかを語りかけてくれます。

 現在は、東京都が用地と復元した竪穴住居を管理しています。

 平成二十二年三月

練馬区教育委員会


 石神井川沿いに都立城北中央公園があります。緑の中に野球場やテニスコート、運動場などがあり、ランニングをする人、スポーツする人、散歩の人などが集まります。

春には花見でにぎわい、川は桜の花びらで水が見えないほどになります。


 この公園の中に、栗原遺跡の竪穴住居跡があります。いつも静かですが、たまに民謡の練習をされている方もいます。


鍼灸の実技:第11節 中国、欧州の現行刺鍼法

鍼灸の実技:序・目次

第11節 中国、欧州の現行刺鍼法


 日本の刺鍼法は管鍼法が、圧倒的に多い。撚鍼法は極めて少数の人によって行われており、打鍼法の手技を行う人は先ず無いといってもよい。
 中国の刺鍼法は撚鍼法及び挿入法ともいうべき手法て施鍼されている。撚鍼法は既述したので、挿入法ともいうべき刺鍼法についてのべる。

1.中国の挿入法

 これには押手からして、特殊である。押手の拇指の爪をもって、穴処を充分下圧する。そうすると爪のあとが皮膚にのこる。その爪のあとに、中国流の鍼の鍼尖をあて、搓るように撚る(この時は撚鍼法といってもよい)かわりに、静かに下圧するのである。即ち、蚊虻の状の如くするのである。この際押手も少しく運動して、刺手の運手を助けるのである。つまり、刺手と押手が同時に操作することになる。時として、押手が皮膚から離れることもある。しかし刺痛を感じさせてはならないのである。練習が充分でないということである。皮膚を穿皮してから後の運手は一般的の刺法は補瀉によってことになるが、結局は、補瀉の手技を行うということになる。

2.欧洲の刺鍼法

 普通現行使用されている欧洲の鍼は、九鍼のうち『鍉鍼』(類経図翼の鍼鋒の附いている形のもの)か、『大鍼』の尖端2~3mm位の長さの鍼を用いていると考えてよい。
 その刺し方は、いきなり、鍼尖を皮上の穴所を目がけて突き刺すのであるが、これは時として、劇痛を感じ患者は悲鳴をあげることがある。
 このような刺痛を感ぜしめないために、著者(柳谷)は東洋の爪法による刺法を、フランス、ドイツの鍼医に教えて来た。その方法は次の通りである。
 まず押手の爪を穴所にあて、充分下圧する。その下底の圧力を緩めず、鍼を爪床部に添える。患者をして深呼吸をさせるか、刺鍼部が上肢でないならば、左手と右手をお互いに、つかませて握らせる。そして、その握った手に力を入れさせるようにする。これは気分転換ともなり、注意を刺鍼部からそらすことともなる。こうしておいて術者は押手の爪を急速に上げ、下圧の力を減ずる。刺手の鍼の位置は、前のようにして、位置を変えぬようにする。すると、皮肉はその固有の弾力で上にあがってくる。つまり、鍼尖の方にむかって、皮肉が刺さってくるわけであり、この時、刺鍼を少しく下方に押し気味にすれば、猶容易に、無痛に刺入できるのである。
 刺そうとする、鍼の深さを2mm又は3~5mmと、あらかじめ決めておくなら、刺入までのところまで、刺手の拇指と示指で鍼を把持しておけば、思うところまで刺入できるものである。以上の指捌きを1挙動でやるか、2、3挙動でやるかは身体の場所によって、ことなるので、その場、その場で考えて行うべきである。ドイツ、フランスの鍼法はこのように刺入した鍼を留置して、時々生体反応(脈、刺鍼部の状態)を見て、鍼が作用しているか、いないか測定するのである。穴に補穴、瀉穴を区別し、鍼に補と瀉を考えて刺すのである。時として、金鍼を補に銀鍼を瀉に使っているものもある。
 次にその方法について2、3述べることにする。

1)胃部圧迫、疼痛、
a.厲兌(瀉針)|
b.衝陽(補針)|留置鍼
c.外関(瀉針)|

2)腓骨々折による疼痛
a.丘墟(瀉針)
b.疼痛部に銀鍼にて瀉針す

3)不眠、眩暈、頭重、高血圧、
a.小海(金針にて補針)
 この少海は「生命の喜び」という別名があり、8日後には笑顔が出るようになったと報告されている。

4)帯状ヘルペス
 フランスのA、R氏、9年来悩み*のもので1年に1回は必ず第7肋間腔に定型的な水泡が出来、痛みが激しかった。脈診ては腎実、肝脾虚の脈であったものに、
a.湧泉(銀針置鍼)
b.曲泉(金針置鍼)
c.太都(銀針置鍼)
 55分間置鍼、翌日は無痛になった。36時間で訴えは消滅した。

5)肋間神経痛
a.曲泉(金鍼置鍼)
b.少衝(金鍼置鍼)
 45分間置鍼、直後軽快した。翌日は、痛点に刺鍼3日間で全治した等である。

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法明寺鬼子母神堂(都指定有形文化財)・雑司ヶ谷鬼子母神のイチョウ(都指定天然記念物):近隣の見どころ・観光

法明寺鬼子母神堂(都指定有形文化財)


 鬼子母神本殿の建立は、棟札によれば寛文4年(1664)、拝殿と弊殿は元禄13年(1700)に建てられた権現造の建物です。『新編武蔵風土記稿』では、広島藩主浅野光晟の正室満姫(金沢藩主前田利常の3女)が寄進して造営されたと伝えられています。
 本殿は三間社流造、身舎側面2間ですが、内部は向拝を含めて方3間の一室となっています。本殿と拝殿をつなぐ弊殿は、桁行3間、梁間1間の室で、中央に3段の階段が設けられています。手前の拝殿は桁行5間、梁間4間、入母屋造千鳥破風付きの建物で、正面に唐破風の向拝が付き、前面と側面に縁がめぐっています。
 鬼子母神の由来は、永禄4年(1561)の鬼子母神像出現に始まったと伝えられ、『新編武蔵風土記稿』などによれば、初めは法明寺の塔頭東陽坊(後に大行院)の別当で、長く庶民の信仰の対象でした。江戸後期には将軍の御成もあったほど、大いに繁盛しました。
(東京都教育庁)

法明寺鬼子母神堂

雑司ヶ谷鬼子母神のイチョウ(都指定天然記念物)


 雑司ヶ谷鬼子母神堂に一際高くそびえ立つイチョウの巨木です。その幹周は6.63m、高さは32.5m、四方に10mに及ぶ枝を張り、都内では「善福寺のイチョウ」(国指定天然記念物・港区)に次ぐ巨木です。昭和5年(1930)に国の天然記念物に指定されましたが、昭和21年(1946)1月に解除となりその後、昭和31年(1956)に東京都の指定になりました。
 応永年間(1394~1428)に僧日宥が植えたものと伝えられています。鬼子母神堂の縁起によれば、天正6年(1578)5月1日、稲荷神社跡の叢林を開いて堂を造営したのが始まりとされていますから、このイチョウは、鬼子母神堂よりも古くから植えられていたと考えられます。
 俗に「子授け公孫樹」と呼ばれ霊験があると言われていましたが、鬼子母神の謂れと重なったのか、今では「子育てイチョウ」と呼ばれています。
 この大イチョウは、近接する池袋の繁華街とは対照的な静かな風景を作り出しています。

(東京都教育庁)

鬼子母神のイチョウ


参道から境内に入ると、左手にイチョウ、正面進んだ先に本堂があります。


新緑が鳥居に生える大イチョウ。


立ち並ぶ鳥居の先には武芳稲荷が祀られています。


本堂。



おまけ

雑司ヶ谷霊園


 観光向けではないのですが、鬼子母神の近くには雑司ヶ谷霊園があります。歴史に名を刻んだ日本の文筆家、芸術家、さまざまな偉大な先達たちが眠っています。御花を用意し、尊敬する人物のお墓参りをすることができます。

 

夏目漱石

竹久夢二

永井荷風

小泉八雲